第4話 結果は――
「もしもし……朱莉どうだった?」
勢いよく電話に出たものの、いざ結果を聞くとなると恐くなって、次第に声が小さく、ゆっくりになっていった。
合格していれば朱莉は夢への第一歩を踏み出す。そして俺は満を持して朱莉に告白できる。その時、朱莉はきっと俺の告白を了承してくれて、晴れてカップルになれるだろう。
けれど、不合格だったならば……。
俺は朱莉の口から、合格してたよ! という言葉が出てくるのを待った。
だが、朱莉は一言も言葉を発することなく、彼女の息遣いが微かに聞こえるのみという状況が10秒ほど続いた。
「ダメだった……私落ちてた」
ようやく聞こえた朱莉の声は小さくて弱々しかった。けれど、俺の心に大きな衝撃を与えるのには十分だった。
常に校内トップクラスの成績を取ってきた朱莉ですら不合格になったことへの驚きだったり、幼馴染が志望校に合格出来なかったことの悔しさ、現在の朱莉の心中を思っての苦しさ――。そういった様々な感情がごちゃ混ぜになって、自分でもよく分からない複雑な心持ちになった。
何か言葉を掛けなければ。
そう思って言葉を紡ごうとしたが、ふさわしい言葉が見つからなかった。
問題が悪かったんだよと言えばいいのか?
採点者が意地悪だったんだよと言えばいいのか?
いや、それは的外れだ。そんなことを言ったらむしろ朱莉を怒らせてしまう可能性すらある。
じゃあ今回は運が悪かっただけだよと言えばいいのか?
結果は不合格でも朱莉はすごい頑張ってて、かっこよかったよと言えばいいのか?
それも違う。そんな言葉を掛けられても朱莉の気持ちは晴れないだろう。
そうして俺が何も言えないでいると、朱莉が少し声を明るくして言った。
「来年は受かれるようにまた勉強頑張るよ」
「ああ、頑張れよ」
「うん」
俺はただ朱莉の言ったことに相槌を打つことしかできなかった。
俺は何も声を掛けてあげられない以上、こうして無言の通話を続けても迷惑を掛けるだけだから、電話を切ることにした。
しかし、朱莉にその旨を伝えようとした瞬間、朱莉の呟きが聞こえてきた。それは俺がこれまでに聞いたことのないくらい辛そうな声だった。
「でも……やっぱり悔しいよ……っ…………」
俺と電話している間は泣くまいと我慢していて、その我慢がとうとう限界に達したのか、朱莉は泣き出した。
そんな声を聞いてしまったら、そのまま電話を切ると伝えるのは無理だった。いや、電話で繋がっているだけということすらもどかしい。
何を言ってあげられるか、してあげられるかは分からない。けれど、彼女の傍にいたい。俺はそう思った。
「朱莉、今家にいるよな?」
「え、うん」
「今すぐ行くから待ってて!」
俺は電話を繋いだままにし、スマホを握りしめて部屋から飛び出し、階段を駆け下りた。
「ちょっと雄介、どこ行くの? ご飯はどうするの?」
靴を履いていると、昼食を作っていて俺の足音に気づいた母親がリビングから出て来た。
「あとで食べるから保存しといて!」
俺は勢いよくドアを開けて出ると、そのまま走り出した。
朱莉の家までは徒歩で5分かかるかどうかの距離だから、走ればすぐだった。彼女の家が俺の視界に入るのと時をほぼ同じくして、朱莉が家から飛び出てきた。
「朱莉!」
「ゆうくん!」
近づいて見ると、彼女の両目から涙が流れているがはっきりと分かった。
俺は走る速度を緩め、最後はゆっくりと近づいて彼女を抱きしめた。
「急に来ちゃってごめん。でも、泣いてる朱莉をそのままにしておけなくて」
「ちょっと驚いたけど、ゆうくんが来てくれて嬉しい」
「俺こういう時なんて言ったらいいのか分からなくてさ、こうすることしか出来なくてごめんな」
「ううん、むしろ十分過ぎるくらいだよ」
その場でしばらく朱莉を抱きしめていると、電話越しでも分かるくらい重たくて暗い雰囲気が徐々に薄れていくのが分かった。今も朱莉は俺の胸の中で涙を流しているが、最初と比べてだいぶ穏やかになってきた。
俺は少しほっとするとともに、来て良かったと思った。
同時に、俺も落ち着いてきたことで、この状況が恥ずかしくなってきた。
今のところそんな様子はないが、もしおじさんやおばさんが様子を見に来て目が合ってしまったら、俺は恥ずかしさのあまり死ねる自信がある。
「朱莉、気分転換にちょっと散歩しない?」
速やかにこの場を立ち去りたいが、もう少し朱莉と一緒にいたい。そう思った俺は抱きしめていた朱莉の体を少し離し、こんな提案をした。
「もうすぐ昼ご飯だから、そんなに遠くまでは行けないけど、それでもいい?」
「あぁもちろん」
「じゃあ行こ!」
朱莉は笑顔で言った。
「どっちに行きたい?」
「じゃあ散歩しようって言ったゆうくんの方で」
「わかった」
俺が歩き出すと、朱莉は俺のすぐ横に付いて、自然と手を握ってきた。
卒業式の日は互いに緊張して互いに固くなっていたけれど、もうそんなことにはならなかった。
それから俺たちは受験結果のことを忘れて他愛もない話をして笑い合った。お互い恋愛感情を抱いてからはどこかぎこちなさを感じることが多かったが、そんなものはなく、幼馴染として付き合っていた頃のように自然体でいられた。
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