第3話 

 ファミレスに入ると、まだ11時過ぎだというのに、既に多くの客席が埋まっていた。客の多くは同級生、または卒業式に参列していた保護者のようだった。


「やっぱみんな考えることは同じか~」

「だね。でも、知り合いはいなさそうだから良かった」

「知り合いいたらちょっと気まずいしめんどくさいもんな」


 俺の知り合いがいたら俺は冷やかしに遭って、向こうは俺らに気を遣って長居しづらくなって、どちらにとっても不運な結果になっていたに違いない。朱莉の知り合いがいた場合も、さっきの言い方からして同じような結果になったのだろう。


 そんな話をしていると、俺たちが入店したことに気づいた店員が出てきて席に案内してくれた。

 向かい合うように座ると、まず最初にメニューを広げて、どれにしようか朱莉と話しながら注文を決め、朱莉のとまとめて注文した。それから二人でドリンクバーの飲み物を取りに席を立った。


「それウーロン茶?」

「ううん、アイスティーだよ。ゆうくんのそれはお茶?」

「正解。ジュースを飲むのは控えてるからな」

「そっか、ゆうくんはアスリートだもんね」

「まだ(仮)だけどな」


 席に戻り、お茶を飲もうとすると、ちょっと待って、と朱莉に止められた。


「ん、どうした?」

「せっかくだから乾杯しようよ。私たちの高校卒業とゆうくんの大学合格を祝って」

「いいけど、俺合格したって言っても指定校推薦だからそんなすごくないぞ」


 高卒でのプロ入りを目指して頑張ったが、ただの公立の進学校であるうちの戦力ではプロのスカウトが見に来るようなとこまで勝ち上がることは出来ず、プロのスカウトにも大学サッカー強豪校のスカウトにも声を掛けられることはなかった。

 けれど、学校のテストで悪くない成績を取っていたおかげで、ある強豪校の指定校推薦を得ることができたのだ。


「無事に大学サッカー強豪校に合格したんだから、推薦だからとか関係ないよ。とにかく、高校卒業とゆうくんの大学合格を祝って乾杯!」


 互いのグラスを軽くコツンと当ててから、ぐびっと一口飲んだ。炭酸でもお酒でもないから、ぷはぁー、とか、くぅ~、とは言わなかった。


「ゆうくんはもう大学のサッカー部の関係者とは連絡取ったの?」

「一応取ったけど、まだ入部できるって決まった訳じゃないからな~」

「え、そうなの⁈」

「私立高校の部活と同じような感じでスポーツ推薦で入った人以外はセレクション受けないと入れないようになってるんだよ。それで連絡取ったっていうのも、そのセレクションについて詳しく聞くのが目的だったから」

「そうだったんだ。じゃあまだ安心できないね」


 もしこのセレクションに落ちてサッカー部に入れなかったら、プロ入りがさらに厳しくなってしまう。だから推薦入試と同等かそれ以上にこのセレクションは重要な意味を持っていて、無事入部できるまで一切気を抜くことは出来ない。


 でも、俺がいま最も気になっているのは――。


「俺のことより、朱莉の方はどうなの? 入試、合格してそう?」


 俺は私立の、それも推薦入試だったからとっくに結果が出ているが、朱莉は国立大学の医学部だから、結果がまだ出ていない。

 朱莉の合否結果が俺が朱莉に告白出来るかどうかを握っているだけにずっと気になっていたが、聞くのが少し怖かったり、まだ入試を終えたばかりだったこともあって聞けていなかった。


「う~ん、全然だめだったってことはないと思うけど、受かってる自信もないって感じかなぁ……」


 朱莉は不安そうな表情をして俯いた。

 その表情を見て俺は何もせずにはいられなくて、朱莉の隣に移動すると朱莉の両手を取ってそっと握った。


「そんなに心配しなくても朱莉ならきっと合格してるって。朱莉がどれだけ必死に勉強してきたか知ってる俺が保証する。だから、そんな顔すんなよ」


 周囲に迷惑をかけないようになるべく小さな声で、けれど強い気持ちを込めて、俺は朱莉の目をまっすぐ見つめて伝えた。


 少しの間沈黙が流れ、それから朱莉は微笑んだ。


「ありがと。ゆうくんのおかげでちょっと気が楽になったよ」

「なら良かった」


 朱莉の表情が柔らかくなったのを見て俺は安堵し、朱莉に微笑み返す。

 こうして間近で見つめていると、やっぱり朱莉は可愛いなと思う。特に朱莉のこの微笑んでいる顔が好きだ。


 互いの体が密着していて、なおかつ手を握った状態でそんなことを考えているから、自然と甘い雰囲気になるのを期待してしまいそうになる。具体的に言えば、視線がどうしても朱莉のプルンとした柔らかな唇に行ってしまう。


 おいおい、ここはファミレスなんだぞ。こんなところでキスするのはダメだろ。


 そう自分に言い聞かせ、心を落ち着かせるために握った朱莉の手を放して元居た場所に戻ろうとする。が、朱莉の表情から朱莉も期待していることに気づいてしまった。


 俺たちは両想いだから、キスしてしまっても問題はない。むしろ、今ここでキスして告白してしまえば、楽になれるんじゃないか。もう何も難しいことは考えずにそうしてしまおう。


 朱莉が目を閉じる。俺も目を閉じ、顔を朱莉の顔に近づけていく――。


「お待たせしま……」


 そんな声が聞こえて、一気に現実に引き戻される。目を開けて通路を見ると、俺が注文した料理を持った若い女性店員――おそらく大学生のバイトだろう――がそそくさと厨房に戻っていくのが見えた。


 あ~、やっちまった……。


「ごめんなさい! 料理持ってきてください!」


 俺は慌てて立ち上がり、顔を赤くして店員を呼び止めた。


***


 お互いに恥ずかしさで一杯になってまともに会話すらできなくなってしまい、黙々と運ばれてきた料理を食べた。それでも食べ終える頃には少し落ち着いて会話できるようになり、結局4時くらいまでファミレスで過ごしてから一緒に帰った。


 あの時は危うく勢いで告白してしまいそうになったが、冷静になって考えればやはり朱莉の大学合格が確定するまではやめておいた方がいいだろう。だから、あのタイミングで店員が来てくれて良かったと思うべきなのかもしれない。


 その代わり、俺の朱莉と付き合いたいという気持ちはより強くなった。

 それまで明らかに友達ではなくカップルがするような行為は避けていたが、あの日初めて手を繋いで、キス未遂までしたことで、付き合ったらこういうことが出来るようになるんだと改めて気づかされたからだ。


 だからこそ、朱莉の合格発表の日までが非常に長く感じられた。

 その間俺は多くの時間はサッカーの練習をして過ごしていたが、それ以外の時にはずっと朱莉のことと朱莉の合否結果で頭が一杯になっていた。決して朱莉の実力を疑っていた訳ではないが、不安が拭いきれなかった。


 一方朱莉はというと、万一落ちていた場合に備えて勉強を続けていた。国立だから後期試験もあるけれど、朱莉にとって条件のいい大学が後期試験を行っていなかったため、もし落ちていたら浪人するそうだ。


 俺が朱莉に告白するのを受験が終わったら、ではなく、医学部に合格したら、にしていたのはこのことを聞いていたからだ。受験の邪魔になりたくないからと告白を控えておいて、いざ告白して付き合い始めたら浪人が決まって受験生生活が続くとなったら意味がない。


 そうして待つこと1週間弱、ついに合格発表の日が来た。

 その日は朝から落ち着かなかった。近所のグラウンドに行って日課のサッカー練習をしていたが、この日ばかりは集中できず、仕方なく練習を切り上げて家に帰り、ゲームをしたりスマホをいじって時間を潰した。


 そしてついに正午――発表の時間――になった。合格発表はホームページ上で行われ、合格者の受験番号が掲載されるのだが、俺は朱莉の受験番号を知らないので、朱莉からの連絡を待つしかない。


 俺はスマホを握りしめて朱莉からの連絡を待っていた。が、10分経っても連絡が来ない。

 結果が分かったら俺にも伝えると朱莉は言っていたから、まだ来ないとなると嫌な想像をしてしまいそうになる。でも、この日は他にもいくつかの大学が合格発表で、アクセスが集中してホームページがなかなか開かない、とSNSで呟いている人が多くいたから、そういうことなんだと信じて待ち続ける。


 さらに10分ほど経過したところで、手の中にあるスマホが振動した。これは電話だ。

 俺は画面を見て朱莉からだと確認し、電話に出た。


「もしもし……」 




 


 


 


 


 


 




 


 



 




 




 

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