第2話 朱莉の想い

 ゆうくんと一緒に帰る約束をすると、私は吹奏楽部のメンバーがいる音楽室に急いで向かった。みんなで集まって記念写真を撮ろうということになっているのだ。


 私が着いた時にはほとんどのメンバーが揃っていて、私を含めてあと数人が来るのを待っている状況だった。


「遅くなってごめん!」

「いいよいいよ。それよりここにおいで!」


 数分もするとメンバーが揃い、部長が持ってきたカメラで撮影した。それからみんなで話に花を咲かせた。


 特に仲のいい数人と一緒に勉強することは部活を引退した後も何回かあったけど、こうして全員で集まるのは本当に久しぶりで、あっという間に10分、20分と過ぎていった。

 もっと会話に加わっていたかったけれど、これ以上いるとゆうくんを待たせてしまうかもしれないし、吹奏楽部のメンバーとはまた夜に集まって食事会をすることになっているから、切りのいいところで抜けることにした。


「また後でね!」

「うん! 高野くんと思う存分イチャイチャしておいで~! それで遅刻しても気にしないから」

「ちょっと何言ってるの⁈ 私そんなことしないよ! そもそも――」

「はいはい、あかりんたち付き合ってないもんね。それでもほとんど付き合ってるようなものなんだからいちゃついておいで! ほら、早く行かないと高野くん待たせちゃうよ」


 反論したいところだけど、仕方なく私はみんなに背を向け、正門へと歩き出した。仮に残ったとしても、反論なんて出来ずに、適当に言い訳するか流すことしか出来ないから。


 だって、私はゆうくんのことが好きで、イチャイチャしたいって思ってるのは事実なんだもの。


***


 私にとってゆうくんは幼馴染で、一番心を許せる友達だった。医者になりたいと思ってることを最初に教えたのは親じゃなくてゆうくんだったし、何か悩み事があった時には、まずゆうくんに相談することが多かった。


 ゆうくんはイケメンだし、サッカーだってプロを目指してプロクラブのジュニアユースに所属してるくらい上手いから、かっこいいなとは思っていたけれど、それは異性としてかっこよく思うというよりは、幼馴染として誇らしく思うという意味合いが強かった。


 だから気の置けない親友としてずっと付き合ってきたけれど、あることをきっかけに私の心境は一気に変わった。


 それは中3の夏、ゆうくんがユース昇格の懸かったセレクションで落選して、ひどく落ち込んでしまったことだった。


 ゆうくんの持ち前の明るさが完全に消えてしまって、見ているこっちまで苦しかった。


 ゆうくんに元気になって欲しい、また明るさを取り戻して欲しい。ゆうくんの笑顔が見たい、ゆうくんの支えになってあげたい。そんな思いで私は必死になってゆうくんを慰め励ました。


 その甲斐あってか、ゆうくんは元気になり、持ち前の明るさを取り戻すができた。また、これ以来私は今まで以上にゆうくんのことを気にかけるようになって、ゆうくんのことを考える時間が増えた。


 でも、この頃はまだはっきりと好きになっていた訳ではなかった。


 それから徐々にゆうくんのことを考える時間が増えていって、それは高1の秋のことだった。ある日の放課後、週末にあるコンクールの会場へ楽器を運搬するため、音楽室から楽器を駐車場に止まっているトラックへ運び出していた時、ふとグラウンドの方を見るとサッカー部が練習していた。


 お、みんな頑張ってるな~、と思いながらゆうくんを探してみると、すぐに見つかった。この頃のゆうくんは再びプロを目指すと決意していたから、普通に公立高校の部活として頑張っている他の人とは練習への熱の入れ方が違ったし、もともとジュニアユースに所属していたくらいだから能力も桁違いだからすぐに分かった。


 そして、その時に見たゆうくんの姿があまりにもかっこよくて、私はドキッとしてしまった。


 え、まさか⁈ と、最初は信じられなかった。けれどその日からゆうくんと一緒にいると緊張して目も合わせられなくなってしまって、私はゆうくんのことが好きになっていたんだと分かった。


 こうして私は今まで通りゆうくんと接することは出来なくなってしまったけれど、そのうち私といる時のゆうくんの様子もおかしいことに気づいた。


 あれ、これ両想いなんじゃ……。


 それから少しの間、恥ずかしかったけど頑張ってゆうくんと一緒にいる時に様子を観察し、その結果私たちは両想いだと確信した。その時はすごい嬉しくて、家に帰ってベッドに寝転び、ひたすら悶えていた。

 しかも、ちょうどその週の土曜日に近所で秋のお祭りが開催されることになってて、ゆうくんと一緒に行く約束をしていたから、そこで告白しようと考えた。


 でも、実際はしなかった。いや、出来なかった。


 ゆうくんはプロサッカー選手を目指していて、当然のことだけどプロサッカー選手になるにはたくさん練習しないといけないし、なってからも上を目指したり、プロで居続けるには練習が必要になる。そうすると私とのデートの時間が少なくなってしまう。

 私はそれでも構わないと思ってる。でも、ゆうくんは優しいから私に寂しい思いをさせないようにと練習時間を削って私と一緒にいようとしてくれちゃうかもしれないし、そうしなくても申し訳なく思ってしまうかもしれない。


 ゆうくんの邪魔にはなりたくないし、ゆうくんに辛い思いもさせたくない。だから私たちは付き合わない方がいいのかもしれない。そう考えた途端、告白するのが怖くなってしまってお祭りの時に告白できず、今になってもまだ出来ていない。


 でも、ずっとなあなあの状態でいる訳にもいかないから、最近私は決断した。私からは告白しない。ゆうくんが告白してくれたら喜んで受け入れると。


 でも、本音を言うと告白してしまいたい。早くゆうくんと付き合ってイチャイチャしたい。

 だからお願い。私に告白してよ、ゆうくん――。


***


 正門に着くと、ゆうくんはもう来ていて、スマホをいじっていた。


「ごめん、待たせちゃった?」

「いや、大丈夫。てか、朱莉はもう良かったの? もっと友達と話したかったら俺全然待つよ」

「また夜に吹奏楽部の食事会あるし、私はもう十分だよ。ゆうくんこそもういいの?」

「俺も大丈夫。てか、早く朱莉のところに行けって追い払われてきたとこだから」


 ゆうくんの友達にも私とゆうくんが両想いだと気づかれているから、ゆうくんが友達と話してる時に行ったせいで気を遣わせちゃったみたいだ。そんな風に気を遣わなくていいのに。


「ゆうくんの友達との時間を削ることになっちゃってごめん」

「朱莉は何も気にしなくていいんだよ、あいつらが勝手に盛り上がってるだけだから」


 しゅんとして謝ると、ゆうくんは私の頭をぽんぽんと撫でた。軽いスキンシップを取ってくることはよくあるけど、こういうのは滅多にないから、ちょっと得した気分になる。

 しばらく撫でて欲しかったけど、ゆうくんはすぐに私の頭から手を離してしまった。


「じゃあ行くか」

「うん!」


 私とゆうくんは横並びで歩く。

 私達の体の距離は恋人同士の距離。でも、手は繋いでいない。私たち付き合ってはいないから。


 だけど、思い切って手を繋いでみることにした。

 今日は高校生活最後の日で、しかもゆうくんは県外の大学に行くことが決まっていて、私はそっちには行かないから、こうして一緒に通学することはもうない。それにゆうくんはサッカー部に入って忙しくなると思うから、今後は会う機会すらほとんどないかもしれない。だから、記念に手を繋ぐくらいはしたかった。


 恐る恐るゆうくんの手を握ると、ゆうくんは一瞬驚いていたけど、何も言わずに私の手を握り返してくれた。その代わり、恥ずかしくて二人ともしゃべれなくなってしまった。


 せっかく手を繋いで一緒に帰ってるんだから、何かしゃべらないと……。


 そう思いながら一言もしゃべれないでいると、ゆうくんが口を開いた。


「朱莉ってさ、昼ご飯は家で食べることになってる?」

「ううん、まだ決まってないよ」

「じゃあさ、一緒に食べていかない?」


 まさかゆうくんの口からそんな言葉が出てくるとは思ってなかったから、ちょっとびっくりした。でも、それと同時にすごい嬉しかった。

 だって、それは私が言おうとしていたものだから。


「うん、いいよ! じゃあどこにする?」

「う~ん、あんま高いとこには行けないからなぁ……そこのファミレスとかどう?」

「いいよ、そこにしよっか」


 私達は二人で仲良くファミレスに入っていった。


 


 

 

 


 

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