夢と想いの狭間で俺たちは

星村玲夜

第1話 雄介の想い

 高校生活最後の日、卒業式も教室での担任の話も終わって最後に友人たちと会話していると、誰かに袖を軽く引っ張られた。

 振り向くとそこには幼馴染の都築朱莉つづきあかりがいて、俺の左腕の袖口をきゅっと握る彼女と目が合った。


「お取り込み中ごめんね。ゆうくんってこの後友達とどこかに遊びに行ったりする? もし違うなら一緒に帰りたいなぁ、って思って」

 

 朱莉は俺の目を見つめて言った。

 朱莉の身長は156センチと俺よりちょうど頭一つ分くらい低く、肩の辺りまで伸びた彼女の黒髪からふわっとシャンプーのいい香りが漂ってきて、不意にドキドキさせられる。


「いや、特に約束してないから大丈夫。一緒に帰ろうぜ!」

「良かった! じゃあ、お互いに用が済んだら正門に集合しよ」

「ああ、また後でな」


 用件を伝えた朱莉は教室を出て行った。それを見送って視線を友人たちに戻すと、ニヤニヤしながら俺に視線を集めてきた。


「な、なんだよ?」

「いやぁ、熱いな~、と思って」

「まるで新婚の夫婦みたいだったぞ~」

「彼女と一緒に下校とか羨まし過ぎるんだよなぁ」


 いつものイジリがまた始まった……。

 俺と朱莉が一緒にいたり、話したりしているのを見かけると、こいつらは決まって俺を冷やかしてくる。


「いやいや、俺と朱莉付き合ってねーから!」

『またまた~、別に隠さなくていいんだからな!』

「だからマジで付き合ってないんだって……」

「でも雄介、お前都築さんのこと好きなんだろ?」


 俺は何も言い返せない。

 だって、朱莉のことが好きなのは紛れもない事実なのだから。


「ったく、とんだチキン野郎だな。お前ら両想いなんだろ! とっとと告白しちまえよ!」


 やや呆れ気味に友人が言った。

 告白すれば多分、というかほぼ間違いなく朱莉はokしてくれる。だから早く告白すればいい。

 そう思うのは当然で、俺も友人の立場だったらそう言うに違いない。

 だけど、そんな簡単な話じゃないんだ。こっちには複雑な事情があるんだよ。

 

 今すぐにでも告白できたらどんなにいいことか――。


***


 俺と朱莉は幼稚園年長の時からの仲で、家も近くてよく一緒に遊んでいた。だからずっと親友として関わってきて、朱莉に恋心を抱いたのは高校1年生の頃だった。


 俺は昔からサッカーが好きで、プロサッカー選手を目指してプロクラブのジュニアユースに所属していた。試合ではスタメン入りすることも多く、監督やスタッフからの評価もそれなりに高かったのだが、中3の時に受けたセレクションでまさかの落選。その結果ユースに昇格することが出来なかった。

 俺はひどく落ち込み、プロを目指すことを諦め自暴自棄になった。

 そんな時、朱莉は俺を慰め、寄り添ってくれた。


「ゆうくんはすごく頑張ってたし、私が見てて周りの子より上手かったから、クラブの人に見る目が無かっただけだよ」

「気分転換にどこかに遊びに行こ!」


 そのおかげで俺はそのまま廃人になってしまうこともなく、立ち直ることができた。

 また、高校に進学することは決めていたものの、特に行きたい高校もなく、志望校を決めあぐねていた俺に朱莉はこう言った。


「せっかくだから私、ゆうくんと一緒に同じ高校に通いたいな」


 これを聞いて俺は朱莉の志望校を受験することにした。

 そこは結構レベルの高い高校だったけれど、朱莉の願いを叶えたくて、さらには俺自身も同じ思いだったから必死に勉強した。

 そして俺たちは二人揃って合格し、また同じ学校に通うことになった。


 高校に入学した俺は、サッカー自体は相変わらず好きだったのでサッカー部に入り、純粋にサッカーを楽しんでいた。

 そうしていると、プロになりたいという想いが再燃してきて、どうしようか悩むことになった。

 俺一人ではなかなか結論を出せなくて、朱莉に相談すると、「ゆうくんなら絶対になれるよ!」と背中を押してくれた。


 朱莉の後押しが最後の決め手となって俺はまたプロを目指すことにした。そして、気づけば俺は朱莉のことが好きになっていた。


 それから俺は朱莉に好いてもらいたくて、これまで以上に優しく接したり、身だしなみ(基本的には髪型、休日に会うことになった時は服装も)に注意を払うようにした。

 すると、程なくしてなんと、朱莉が俺に気があるような素振りを見せるようになった。俺といるとどこか様子がおかしくなり、目が合ったり体が触れたりすると、俺から視線を外して顔を少し赤らめるようになったのだ。


 しばらく様子見をして両想いをほぼ確信した俺は、すぐに告白……することはなかった。なぜなら、朱莉の邪魔になってしまうのではないかと思うと怖かったから。


 幼いころ体の弱かった朱莉は病院に行くことが多く、その時に見た医者の姿に憧れて医者を目指していた。だから吹奏楽部の活動をしながら勉強を頑張り、進学校であるこの高校でトップクラスの成績を取っていた。


 俺と付き合うことになって、部活もある中でデートをするとさらに勉強に使える時間が少なくなり、結果的に俺が医学部受験の邪魔となってしまうんじゃないかと不安になって告白出来なかったのだ。


 そうしてどちらからも告白することなく月日が経ち、お互いに慣れて緊張することがなくなったことでカップル感が増して、周りから付き合ってるだろ、とよく疑われるようになったという訳だ。


 正直このままなし崩し的にカップルになることは出来なくもない。

 でも、それではダメだと思ってる。朱莉のことが好きだからこそ、ちゃんと告白して付き合いたい。


 だから俺は決めた。朱莉が無事医学部に合格したら告白すると。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る