最終話 しかして謎は謎のままに……
ただでさえ不気味なその部屋はいつも以上に異様な雰囲気を醸し出していた。
部屋の床には白いチョークで円が描かれており、その中には正九角形。円と九角形の接点にはロウソクが立てられていて、あたしがその中心に座らされていた。
部屋には遮光性の高い黒のカーテンがかかっている。本来なら外の光を遮断するためのものだが、そのカーテンにはところどころ虫が食ったような小さな穴が空いていて、細く淡い星の光が室内に漏れている。
「準備はいいかい?」
人を殴り殺せるんじゃないかってくらい分厚い本を両手で広げながら、黒魔術部の部長、三浦小藪があたしに話しかける。
「とっくにオッケーよ!」
「じゃあ始めよう」
彼がそう言うと、本にか書かれている呪文を読み始める。まったく意味不明な文章の羅列がしばらく続くと床に描かれた紋様が青白い光を放つ。
「頑張ってね、みな実ん!」
ことの状況を見守る親友の翔子が陣の中心にいるあたしにエールを送る。その隣に座るカレンは大して興味なさそうに明後日の方向に顔を向けている。
あたしと翔子がしっかりとうなずき合う。
このときのあたしは、――やったろうじゃないの!! と気合十分だった。
そして……
あたしは真犯人を見つけるために“過去”へと跳んだ――
そして、その様子をあたしは棚の後ろの狭いスペースに身を隠して覗いていた。
何のためにそんな事をしたのかっていうと、もちろんみんなの前に姿を表すタイミングを図っていたのだ。
あたしが過去へ飛ばされた後部屋にいた3人は意気消沈したように疲れた表情を見せる。そこへあたしは自らの姿を表した。
「鳥海さん!? 今過去へ戻ったばっかりのはずじゃ!?」
「え!? みな実ん!?」
「ちょっ! あんたどっから出てきてんのよ!」
疲れていたみんなは、あたしの登場に驚き息を吹き返したようだ。
「ほら、ちょっと前にこの棚の後ろに隠れるスペースが空いてるって話してたじゃん? だからそこに隠れてたのよ」
「えっとつまり……?」
「今目の前にいる鳥海さんは2度過去に戻った経験を持つ鳥海さんってことでいいのかな?」
「そゆこと」
「ってことは何、事件の犯人がわかってことでいいの?」
「そ、そうだよみな実ん。犯人は誰だったの?」
翔子がいつになく真剣に聞いてくる。
そう言えば、あの事件で翔子のお兄さんが亡くなったんだっけ……
だけど今のあたしには翔子の期待に沿うことはできない。でももうすぐ明らかになる。
部室を出ると、廊下の向こうの窓の外に1台のパトカーが止まっているのが見える。
警察に連行される前に先生を見つけて確認しないと……
「で。確かめるって誰によ?」
「輪島先生だよ」
「え……輪島先生が……犯人なの?」
「それはまだわからない。だからそれを確かめに行くんだよ」
…………
職員室前の廊下まで来るとタイミングよく扉が開いて中からスーツ姿の男性が出てきた。その人物は事情聴取の時にいた刑事さんだった。
「君たちは――」
こっちに気づいた刑事さんがあたしたちの方に近づいてくる。
「ヤッバっ!?」
あたしは思わずカレンの後ろに身を隠した。
「ちょっと何よ急に」
「いや、だって先生に話しする前にあたしが捕まったら意味ないし!」
「隠れたってもうバレてるし、それに犯人庇ったら私も捕まっちゃうでしょ」
「犯人じゃないし!!」
「だったら堂々としてなさいよ」
すると刑事さんはこっちの話が聞こえていたみたいで、「別に捕まえたりしないよ」と気さくな感じで話しかけてきた。
「え、え……?」
――あたしを捕まえに来たんじゃないの?
「君が言っていたカラオケの件。あれから確認してみたんだが、店内の防犯カメラに本当に君が映っていてね。先輩とまるでドッペルゲンガーだなって話していたところさ」
刑事さんはそんな事あるわけないけどねと笑った。
「は、はあ……」
「つまり鳥海さんは逮捕されないないってことですか?」
三浦が訊くと、刑事さんはそうだねとうなずいた。
「君の容疑が完全に消えたわけじゃないけど、それより今は別の人物が容疑者として浮上してきてね。おそらく君はもう容疑者から外れると思うよ」
「それって誰なんですか?」
「それはさすがに答えられないよ。それじゃあ僕はこれで」
カレンの質問に刑事さんは笑顔で答え、昇降口の方へ去っていった。
「行っちゃったね」
「うん……」
つまり、警察が学校に戻ってきたのはあたしを捕まえることが目的じゃなかったってことだ。
「三浦ぁっ!!」
あたしは三浦の襟を掴んで揺すった。
「あわわわ!?」
首を前後に振られる三浦の顔からメガネがずり落ちそうになる。
「要するにあたしは過去に戻る必要なんてなかったってことじゃないのよ!!」
「わ~。暴力はダメだよ~。――みな実ん。どうどう」
翔子が間に入ってあたしを落ち着かせようとする。
――ってかあたしは馬じゃない!
「完全に八つ当たりじゃないの。あのときあんたを捕まえに来たって言ったのは翔子でしょ」
そう言えばそうだっけ?
「ごめんねぇ、みな実ん」
「別にいいのよ」
その時再び職員室の扉が開いた。顔を覗かせたのは輪島先生だった。
「何を騒いでるんですか――って、あなたたちまだ残っていたの!? もう遅いんですから早く下校しなさい!!」
先生に注意され、あたしは当初の目的を思い出す。
「ちょうどよかった。先生に確認したいことがあるんです。それが終わったらすぐ帰りますから」
「確認したいこと?」
先生は頬に手を当て首を傾げた。
「この前、商店街にあるぼろアパートが火事になった事件ありましたよね?」
「ええ。でも、それがどうかしたの?」
「火事があったあの時。先生現場にいましたよね?」
その瞬間先生は無言になった。
……この反応はやっぱり――
すると先生は「はあ」とため息を付いた。
「いいですか鳥海さん。あなたが警察に疑われていることは郡山先生から聞いて知っています。誰かのせいにして自分の無実を証明したい気持ちはわかりますよ。でもね、そんな事をしなくても先生はあなたのことをちゃんと信じていますよ」
「いや、そうじゃなくて――」
「みな実ん……やめよう」
止めたのは翔子だった。
先生が放火犯だった場合、それはイコール先生が翔子のお兄さんを殺した犯人ということになる。
翔子自身それを望んでいないのだろう。現に翔子の寂しそうな顔が先生を疑いたくないことを物語っていた。
――でも本当に……本当に先生は犯人ではないのだろうか……?
それは決して賢い選択ではなかったのかもしれないけど、私はこれまで自分が体験したことを掻い摘んで話し、再度先生が犯人であることを主張したのだが――
「何バカなこと言ってるの? いい加減にしないと先生怒りますよ」
しかし逆に先生に諭されてしまう始末。
先生の言うことは最もなのだ。あるのはあたしの証言のみで物的証拠が1つもないのだから。しかもその証言が過去に戻って云々かんぬんという妄言と取られてもおかしくない話なのだから。
「みな実。もう帰ろう」
カレンはすごく退屈そうだった。
「そうよ。もう帰りなさい」
これ以上みんなを巻き込んで遅くまで残るのも違う気がしたのであたしは諦めて帰ることにした。
――――
外に出ると辺りは真っ暗。夜空には星が浮かんでいた。
「鳥海さんは本当に輪島先生が犯人だと思ってるの?」
「まあね」
あたしがこれまで体験してきたことを総合的に考えれば先生が犯人、そうでなくてもそれに近いところにいることは間違いない。だけど実際に犯行現場を見たわけじゃないから実際のところはなんとも言えないのだ。
――もう一度過去に戻って今度こそ証拠を掴む?
あたしは立ち止まって部室棟の3階、黒魔術部のある方を見上げた。
ただこうも思う……あたしにそこまでやる義理なんてないはずだと。
もともと過去に戻るなどという行動に手を出したのはあたしが警察に捕まるのを恐れてなのだ。あたしが警察に捕まらないのであればあたし自信が犯人を上げる必要はない。それこそ警察の仕事なんだからあたしには関係ない。
……え――!?
その時ほんの一瞬だけ黒魔術部の小さな穴の開いた遮光カーテンから淡い光が漏れたように見えた。
「……なに、今の?」
その時だった。静寂を破るようにスマホの着信音が鳴り響く。
「ビックリぃ!」
驚いた翔子が三浦に抱きつく。抱きつかれた三浦は夜でもわかるほどに顔が真っ赤になっていた。
音の正体はカレンのスマホだった。
「はい。どうしたの則子?」
カレンは電話で話をしながらあたしたちから離れていく。
「はぁ? 何の冗談。……ってか、息荒くない? ――はぁ!? マジで!? 警察には連絡したの?」
カレンは何やら深刻そうな話をしているみたいだった。
それを他所にあたしはもう一度黒魔術部の部室に視線を向ける。だが部屋のある辺りは暗く落ち着いていた。
「どうしたのみな実ん?」
「え、あ、うん。……なんでもない!」
あたしは適当にごまかして「帰ろう」と言った。
翔子は三浦と楽しくおしゃべりしながら。カレンは携帯で友だちと何やら言い争いをして。あたしは心に悶々としたものを抱えたまま……
それぞぞれが帰途についた。
……………………
…………
翌朝、輪島先生が遺体で発見されたというニュースが流れた。
先生はどういうわけか黒魔術部の部室で亡くなっていて、半分焼けた状態だったという。
職員室の先生の机からは遺書が見つかっており罪の告白がなされていた。その内容は例のぼろアパートの放火犯が自分であることを示す内容だった。そこには犯人にしか知り得ない情報が記載されていて先生が放火犯で間違いないという形で落ち着いた。
非常に不可解な状態で発見された遺体ではあったが、先生は罪の意識に苛まれ自分が殺してしまった翔子のお兄さんと同じ死に方を選んで自殺したのではないかという見解で落ち着いたそうだ。
だけどあたしは「なんで?」って思いでいっぱいだった。正直わからないことだらけだった。
この奇妙な事件は、なんともスッキリしない形で終わりを告げた。
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