第9話 謎、解明?

「う――ん……」


 上体を起こして頭を降る。周囲を見渡すと、どうやらここは黒魔術部の部室で間違いないらしい。


 ただし……


「カーテンがない……」


 窓の外からは直接星の光が差し込んでいる。


 立ち上がって、棚を確認すると、そこにあるはずのドミノマスクもなくなっていた。


「どういうこと?」


 スマホで時刻を確認しようとポケットの手を入れたところでそれが無意味であることを思い出し、室内にある机の上の電波時計を確認する。


 10月8日。時刻は3時14分。


「えっとつまり――」


 つい最近の記憶を呼び起こす。


「今は最初のあたしが転移してきて教室を出ていった後ってこと……」


 ……よね?


 だってあのとき時計を確認した時は3時ちょうどだったはずだから。それからゴタゴタやってたのが10分くらいだとしたら辻褄も合う。


「ちょっとニアミスすぎじゃない!? もっと気の利かせた時間に転移させなさいよね!」


 ……って、そんなこと言ってる場合じゃない。


 最初の時はドッペルゲンガーから逃れるため半ば仕方なくだったが、今のあたしには放火犯の正体を暴くという重大な使命がある。


 急いで事件現場にいかないとまた犯人の顔を拝めずに終わってしまう。


「こうしちゃいらんない!」


 あたしは勢いよく部屋を飛び出した。そして急いで階段を降りて部活棟の2階に差し掛かった時だった。


 その瞬間、あたしは強い光に襲われた。


「誰だ!!」


 ――ヤッバ!!


 それは懐中電灯の光だった。


 守衛がいるのすっかり忘れてた。


 ここで捕まったらすべてがパーだ。あたしは守衛から逃げるようにして駆け出した。


 ――――


 学校を出てからも走るのを止めず現場に向かう。


 守衛が追いかけてくる様子はないけど油断はできない。


 ――ってか、このまま現場に行ったらもうひとりのあたしと鉢合わせよね?


 もしそうなったらどうなるんだろ……


「……ちょいタンマ」


 前回あたしは犯人の顔を拝むのに失敗してる。ってことはこのまま現場に行っても失敗しそうだ。


「だからこういうときは……。そう! そうよ! 防犯カメラだ!」


 警察が犯人の逃げる姿が商店街のカメラに映ってたと言っていたのを思い出す。


 つまりそこで待ち伏せしてその後を追いかければいいんだ。


 あたしは事件の現場には向かわず、犯人が来ることが確定しているその場所で待ち伏せすることにした。


 …………


 あたしの考えは見事に的中。防犯カメラ近くに身を潜めていると、うちの学校の制服を来た覆面女子が走ってくるではないか。

 犯人が通り過ぎるのを待ってから、あたしは相手に気付かれないように犯人の後を追った。


 ……しかし。


 犯人は商店街から少し離れた場所にある駐車場へ逃げ込んだかと思うと、そこに停めてあった車に乗り込むのが見えた。


「うぅん……!?」


 犯人が乗ったのは助手席とか後部座席とかじゃない。明らかに運転席。そして車に乗った犯人は目出し帽をかぶったまま車のエンジンを掛ける。


「ちょいちょいちょいちょい、待ちなさいよ!? 学生が車の運転ですって!?」


 そりゃできないこともないんだろうけど、現実的に考えればあたしたちの年齢では免許の取得は不可能。つまり完全なる無免許運転。


 いや、そんなことはこの際どうだっていい。放火の罪を犯しているんだから今さら無免許運転なんて可愛いもんだ。


 車を運転する犯人は駐車場を出て火事の現場とは反対の方向に向かっていく。あたしは車が遠ざかる前にナンバープレートの数字を記憶し、忘れるといけないから念の為スマホのメモ帳アプリにもメモしておいた。


 肝心の犯人が誰なのかはわからずじまいだったけど、何の成果もないよりかはましだ。そう思うことにした。


 もしあたしが捕まったとしてもこのナンバーを警察に教えて持ち主を知らべてもらえばいいんだから。


「にしても……」


 犯人は学生の分際でやけに車の運転になれているように感じた。


 ……………………


 …………


 あたしは身を隠すため人目を忍ぶように24時間営業のネットカフェに行ってそこで一夜を明かした。


「うーん……」


 あたしは、スマホにメモしたナンバープレートの数字を見ながら腕を組んで唸る。結局またしても犯人を逃してしまった……


「いっそ犯人が特定できるまで時遡の呪法を繰り返すか……」


 いやでもさすがにそれはない。そんなことを何度も繰り返してたらこの地域一帯があたしだらけになってしまう。それこそ本当に“入れ代わり”に手を染める必要が出てきてしまう。


 それに、犯人を逃しはしたけれど犯人がまったくわからないわけじゃない。


 例えば、現場の近くであたしを見たと警察に証言した人間がいるという情報だ。これに関しては確実に言えることがある。それは、その人はあたしのことを知っている人間だということ。

 そしておそらくそれを警察に伝えたのは犯人自信だ。


 最初に過去に戻った時あたしは現場で犯人ともみ合いになった。その時あたしの付けていたドミノマスクが外れ犯人に顔を見られている。つまり、犯人からしたら現場近く、というか現場そのものにあたしがいたという話は嘘じゃないのだ。


 で、警察に訊かれてもいないのに自分からそれを証言するってのはないだろう。下手に自分から証言すれば疑いの目が自分に向く可能性だってある。ましてや事件があったのはド深夜。下手に証言すれば、「ところで君はそんな時間にそこで何してたの?」って逆に追求されるに決まってる。

 だから犯人は自分から証言したのではなく訊かれたから答えたんだと思う。実際うちの学校の女子生徒は警察から事情聴取を受けている。証言する機会はあった。


 で、あたしの事情聴取の順番が来たときに『あたしが現場にいたという証言があった』という話が出たということは、それを証言したのはあたしよりも前に事情聴取を受けた人間だってことだ。


「事情聴取のやり取りを聞くことができれば犯人がわかるってことか?」


 だけど、事前に事情聴取が行われたあの教室に隠れるなんて不可能だ。


 ――となれば、盗聴か……


 しかし、盗聴器なんてそんなに簡単に手に入るわけがない。そこで考えだした代替案はスマホと連動できるブルートゥースマイクだった。それを電気屋で買って、学校が休みのうちに事情聴取が行われる部屋に仕掛けておくことにした。


 もちろんこれまでのあたしの考えはあくまで予想の範疇を出ない。でも何もしないよりマシだ。


 普段使わない頭を使ったせいでかなり疲れた。


「眠くなる前に準備だけはしておかないと」


 あたしは今考えた策を実行するための準備に取り掛かった。


 そして、気づけば時は経ちすっかり夜に。あたしはそのままネカフェで次の日の朝になるのを待った。


 …………


 ――10月9日。


 やらかした――!


 盛大に寝坊した――!


 ネカフェから学校までの距離を考えると走っていけば始業開始には十分間に合う時間だが、できるなら誰も登校して来てない時間に学校に着きたかった。


 でも、こうなってしまった以上はもう贅沢言っていられない。


 あたしは急いで学校に向かった。


 学校に近づくに連れ登校する生徒たちがチラホラと見えてくる。


 同じ制服をきているから別に怪しまれることはないし、そのまま学校に入ってもまったく問題はない。だけど、知り合いに見つかってややこしいことになったらどうしようという不安はあった。


 なにせ今この瞬間この世界にはあたしという存在が3人もいるのだから、変な矛盾が生じることだけは避けたい。


 『この世には自分と同じ人間が3人いる』という翔子の話がこんな形で実現するとは思っても見なかった。


 そんなあたしの不安もなんとか杞憂に終わり、校舎内には入らず人目につかない場所へ移動した。


「ここまでくれば……っと危ない!」


 あたしの進む先に警察の人がいるのが見えて思わず物陰に隠れた。


「あれは」


 事情聴取のときにいた刑事さんだ。それから、輪島先生がいるのが見えた。


 2人はどうやら話をしているみたいだった。こっからじゃその内容まではわからないけど。


「さて」


 問題はここからだ。


 当初は早めに登校して校内に身を潜めて盗聴する予定だったけど、今はもうそれも無理になってしまた。


 そこであたしが目をつけた場所は中庭にある垣根。そこはちょうど事情聴取が行われる部屋の窓際に位置していて、身も隠せるしあたしが仕掛けたマイクの電波もちゃんと拾える距離にある、まさにベスポジだった。


 ちょうどタイミングよく始業開始のチャイムが鳴る。


 少し間を開けて事情聴取がはじまり、あたしは身を縮こまらせるようにして、その内容を聞き逃さまいとスマホに挿したイヤホンに手を添える。


 出席順でいうと一番最初はカレンだ。


 ――まさかカレンが……とかないよね。


 そんなあたしの不安もすぐに解消されカレンの番はあっさり終了。そればかりか次の生徒もその次の生徒もあっさりと終わって……気づけばあたしの番になってしまった。


「どういうことよ……?」


 あたしより先に事情聴取を受けた人間があたしを見たと証言したのではないかという予想は見事に外れてしまった。


 これ以上事情聴取を盗み聞きすることに意味はないので、あたしは体を起こして垣根から這い出た。


「ふぅ……」


 体についた葉をはらって――


「鳥海さん!? あなたこんなところで何やってるんですか!?」


「んげぇ!?」


 そこに運悪く現れた輪島先生に見つかってしまった。


 ――完っ全に油断してたわ。


「授業はどうしたんですか?」


「あー、いやー、そのー。――さよなら!!」


 あたしは逃げた。


「待ちなさい! 昼休みに職員室に来なさい! 絶対ですよ!」


 …………


「ふぅ……ここまで、来れば――」


 あたしは学校の敷地内に設けられた駐車場まで来ていた。


 先生は追いかけてくることはなかったので、近くに停めてあった車に手をついて呼吸を整える。


「にしても、あたしって運なさすぎよね。この前も先生に声かけられたし」


 たしかあのときは黒魔術部に潜入したときのことだ。部屋から出たあたしは輪島先生と出くわしたんだ。


「そう言えば、この前先生が中庭であたしに会ったって言ってたっけ?」


 お昼休み先生があたしのところに来てそう言ったのよね。あのときはてっきり先生が勘違いしてるだけだと思ったけどこういうことだったわけね。


 頭の中であれやこれや考え事をしていると、駐車場にある一台の車が目に留まった。


 あたしはその車に近づいて、ボンネットに手を置いた。


「この車……どっかで見た記憶が……。――あ!」


 思い出した。


 あの夜犯行現場の近くの駐車場から逃走した車。あれによくにていたのだ。もちろん夜と昼では色の見え方に違いが出るので絶対じゃない。だけどそれを確かめる方法があたしにはある。

 ポケットからスマホを取り出しメモしておいたナンバーを確認した。


「ワ~オ!!」


 メモのナンバーと車のナンバーは見事に一致していた。


 うちの学校に通う生徒が堂々と車で通学……なわけない。じゃあ、車で学校に来ても違和感ない人といえば――


「先生だ。しかもこの車って……」


 窓から見える内装で、あたしはこの車の持ち主に思い当たっていた。


「…………」


 まさかそういうことだったの?


 だけど、先生がそんな事する理由が何一つ浮かばない。


「だったら……」


 直接本人に確かめてみればいい――そう思った。

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