第7話 ドッペルゲンガーの真相

 ぼろアパートのある敷地内にいた人物は、うちの学校の制服を着て顔を目出し帽で隠していた。その人物はこちらに背を向けて燃え始めたアパートを見つめていた。


「……犯人じゃん」


 いきなり出くわす形になってどうしていいかわからず立ち尽くしてしまっていた。


 うねる炎がぼろアパート全体を包んでいくと、満足したのか犯人がこちらに向きを変える。


 そしてバチッと視線が噛み合ってしまたった。


「ほわっ、っちょ!?」


 あたしの姿を見た犯人がものすごくオーバーな動作で驚いてのけぞる。


 ――ほわっちょって何よ。


 ただ、その間抜けな叫びのおかげであたしはかえって冷静でいられた。だからすぐに犯人に向かって駆け出した。犯人に飛び掛かるとすぐに取っ組み合いになった。


 あたしの目的は犯人の正体を知ること。だから目出し帽を脱がしてその顔を拝めればそれでいい。

 けれど相手もすぐにあたしの目的に気づき目出し帽を盗られまいと抵抗する。


「こんにゃろ! この! この! ――あうっ!?」


 取っ組み合いが続くさなかで、必死の抵抗を見せる犯人の肘があたしの顔面に直撃。装着していたマスクが外れ地面に落ちた。


「いったぁー」


 あたしの素顔を見た犯人が一瞬だけ戸惑いを見せたような気がした。でもすぐにあたしは突き飛ばされた。


「あだっ!」


 今度は背中を打った。


 立ち上がって服を払う犯人。形勢はかなり不利。


 ――マジヤバじゃんっ!! もしかして殺される!?


 しかし犯人はあたしには目もくれずその場から去っていった。


「あ、ちょ、逃がすか……」


 背中の痛みに耐えて起き上がり、犯人を追いかけようとしたところで、弾けた火の粉があたしを襲う。


「あっつ!!」


 ――もう、踏んだり蹴ったりじゃんか!!


「うわあっ、しかもちょっと焦げてるし!!」 


 パンパンと叩いてなんとか消化成功。だけどカーテンには小さな焦げた穴がいくつか出来てしまった。


 そうこうしているうちに犯人の姿はとっくに見えなくなっていた。


「もう最悪!!」


 ――って、落ち込んでる暇なんてない。


 こんなところにいたらそれこそあたしが犯人にされてしまう。


「だれかあああぁぁぁぁぁっ!! 助けてくれぇぇぇ!!!」


 突然の悲鳴。出どころはもちろん燃え盛る炎の中。


 『先日起きた商店街の火事で亡くなった方が判明して……それがどうやら渡瀬さんのお兄さんだったらしいの』


 脳裏によぎったのは先生から聞かされたあの言葉。


「もしかして!? 今の声は翔子のお兄さん!?」 


 だけど今のあたしにはどうすることも出来ない。せめて消防をと思ってスマホを取り出すもなぜか圏外。


「くっ……」


 地面に落ちたマスクを拾って再装着。


 このままここにいたら本当にあたしが犯人になってしまう。


 助けを求める声を背に受けながらあたしはその場から逃げることを選んだ。


 ――――


 あれは、ある種の断末魔ってやつだたんだろうか……


 あたしは何も悪くないはずだ。だけどなぜか罪悪感に苛まれていた。


「あーん、もう!! 忘れろ忘れろ、あたしの頭!!」


 脳裏にこびりついた叫び声をかき消すかのように頭を振った。そんな事をしていたもんだから、あたしは前方の角から出てきた人と盛大にぶつかってしまった。


「んぎゃ!!」


 思いっきり尻餅をつく。


 頭、背中ときて今度はお尻を強打。


「いたた……ついてなさすぎ、マジで……」


 臀部を擦りながら立ち上がると、あたしとぶつかったと思われるスーツの男性が道端に仰臥していた。


 一向に動く気配がない。


「うそ……マジ? 脳震盪ってやつ? それとも――」


 あたしが男性に近づくと。


「うおぃう! 酒だ!! もう一軒行くぞい!!」


 と、その人はいきなり動き出した。


「ちょっと、びっくりさせないでよ……」


 どうやら酔っ払っているようだ。


「んあ? お前さんは……奇術師!? む、ごろろろぉぉぉー」


 ――うげっ! おっさん吐きやがった!!


「って、こんなことしてる場合じゃなかった」


 あたしは現場から逃げている途中だったことを思い出し逃走を再開した。


 …………


「ふぅ。ここまで逃げれば安心よね」


 事件現場からはかなり離れた場所までやってきた。


 だけどここからでもアパートの方角を見れば、夜空を真っ赤に染める勢いで炎が上がっているのがわかる。相当勢いが強い炎だったんだということが窺える。


 ――そりゃあ全国ニュースにもなるわよね。


 それよりも問題はこれからどうするかだ。


「とりあえず帰ってから考えるか……」


 ……帰る? 帰るってどこに?


 この世界には当然もうひとりのあたしが存在している。今頃翔子と一緒にカラオケを楽しんでるに違いない。


 お母さんにはこのことをちゃんと伝えてあるから、今家に帰ったらおかしなことになりかねない。


 そもそもここはあたしがいていい世界じゃない訳で……


「――ってかさ……よく考えたらあたしどうやって元の時代にもどんの?」


 あたしはとんでもない大問題に直面していた。


 ……………………


 …………


 結局、あたしは眠気に襲われそのまま野宿という手段をとった。もちろん安全な場所で。シャワーも浴びたかったし着替えだってしたかったけど状況が状況だけに背は腹に変えられなかった。


 スマホを取り出し時間を確認――時刻は現在の時間に調整済み――すると、午前10時を回っていた。


「結構寝てたっぽいわね。あたしってば意外と神経図太い?」


 まあそれはそれとして、問題はこの後どうするかだ。


「はぁ……何でこんなメンドーなことになってんのよ!」


 それもこれも全部あの覆面女のせいだ。いや、元はと言えばもうひとりのあたしのせいか。


「とにかく打開策を考えないと……」


 だけど何が問題かって、この時代にはもうひとりのあたしがいることだ。


 今日は10月8日月曜日。祝日だ。街はそれなりの人で賑わっている。


 あたしも翔子と遊び歩いてたはずだから、こっちが下手に動けばニアミスしてしまう可能性だってあるし、知り合いに見つかった場合も後々メンドーなことになりそうだからそれも避けたい。


 となると今日一日はあたしはヘタに動けないってわけだ。


 ……………………


 …………


 ――10月9日。火曜日。


 結局、昨日は人目を避けておとなしくしていた。


 だからといって日がな一日ボーッとしてたわけじゃない。ちゃんと今後についてどうするべきかを考えていた。決して良くはない頭でたどり着いた答えは、時遡の呪法とやらをやっていたときに三浦が持っていたあの分厚い本だった。

 三浦があれを見ながら儀式の手順を踏んでいたというのなら、当然あの本に元の時間へ戻る方法が書いてあるはずだ。


 そう考えたあたしは、早速学校へ向かうことにした。


 ――――


 警察や先生、他の生徒の目を避け、午前の授業中を狙って校内に進入を果たした。時間は一時間目の途中、先生と生徒は当然ながら授業中。警察は今事情聴取の真っ最中。

 だからといって、授業を受け持ってない先生が学内をうろついている可能性があるから油断は禁物だ。


 細心の注意をはらいながら、人目を忍んで黒魔術部の部室がある部室棟の3階へと向かう。


「ふぅ……なんとか誰もにもバレずに来れたわね」


 ドアノブを握ってひねる。鍵はかかっておらずすんなりと中に入ることが出来た。


 まず最初に、持ってきた遮光カーテンを取り付け、ドミノマスクを元の位置に戻す。一度カーテンを閉めてチェックすると、カーテンの所々に火の粉で出来た小さな焦げ穴ができているせいで、外の光が漏れてしまっているけど気にしないことにする。


「さて、本題よ」


 机の上に置かれている分厚い本。探す手間が省けた。


 表紙を捲って目次から時遡の呪法に関するページを探し、その場所まで一気にページを飛ばす。


 横書きで書かれた文字を指でなぞりながら流し読みしていく。


 初めは時遡の呪法に関する背景などが書かれていて、次は実際の方法と、儀式に使う模様が挿絵で載っていた。


 そしてようやくお目当ての項目にたどり着く。


『時遡の呪法は不可逆的な呪法であり、一度過去に戻った者は二度と元の時代に戻ることは出来ない』


「……は?」


『時遡の呪法は不可逆的な呪法であり、一度過去に戻った者は二度と元の時代に戻ることは出来ない』


「……え?」


『時遡の呪法は不可逆的な呪法であり、一度過去に戻った者は二度と元の時代に戻ることは出来ない』


「……なんですと?」


 何度呼んでもおんなじだ。あたしの読み間違いってわけじゃない。


 戻れないってことはずっとあたしはこのままってことだ。これから一生もうひとりの自分がいる世界で生活し続けなければならないということ。他人にそして何より自分自身に見つからないようにずっと鳴りを潜めて生きていかなければいけないってことだ。


「そんなの冗談じゃない! 三浦のヤロウ! 一生恨んでやるんだから――!!」


 いや――待って待って。冷静に冷静に、落ち着けあたし。


 元はと言えばこうなった理由って、あたしの前にもうひとりのあたしが現れたことが原因だったはずだ。だから、そもそもあいつの正体がなんだったのかってことじゃない?


 放火犯の正体についてはわからずじまいだったけど、こっちについてはまだ正体を確かめる方法が残ってるはずだ。そもそも、自分と同じ人間が現れるってのは現実的じゃない。現実的じゃないことが起きたという意味では時遡の呪法も同じだ。


「もしかして、あれって黒魔術だったりとか?」


 だとしたら犯人は三浦ってことになるけど。


「たしかドッペルゲンガーだったっけ」


 目次のページに戻ってドッペルゲンガーの項目を探してみると普通にあった。目次に従ってそのページを開いてみると、


「あれ?」


 さっきあたしが開いていた時遡の呪法の次のページだった。


『時遡の呪法は不可逆的な呪法であり、一度過去に戻った者は二度と元の時代に戻ることは出来ない。しかし――』


 なるほど、どうやらさっきの文章には続きがあったようだ。あまりにも衝撃的すぎて見落としていたみたいだ。


『――しかし、方法がないわけではない。そもそもこの時遡の呪法とは短時間遡行によって小さな出来事のやり直しを実行するためのものである。

 例えば昨日のテストをやり直したい。出題される問題を知っている状態で過去に戻れたらとそんななふうに思ったことはないだろうか? そんな時に役立つのがこの時遡の呪法である。

 先の例えで言えば、最初に普通にテストを受け一日を過ごしたあと時遡の呪法で過去に戻りテストを受け直せばいいのである。

 ――ただしここで一つ注意しなければならないことがある。それは過去に戻ったその先にはもう一人の自分がいて、本来ならそのもう一人の自分がテストを受けるということだ。つまりこの術を使用して過去に戻った場合どこかのタイミングで自分が自分に成り代わるという手はずを踏む必要があるのだ。

 そしてその方法とは“自分が過去の自分を殺すこと”である。なんの事情も知らぬ相手には自分はまるでドッペルゲンガーのように映ることだろう……』


「えっと……マジで?」


 ――自分で自分を殺す?


「マジありえない!! そんなことできるわけ……」


 ――ない。


 そう言おうとしたけれど、この時あたしは思った。


 、と……


 しかも時遡の呪法を行う時三浦はやけにドッペルゲンガーにこだわっていたような気がするのも、あいつはこの事を知っていたからじゃないか?


「えっと、整理しましょ」


 まず、あたしが時遡の呪法に頼ったのはあたしがあたしに襲われたからだ。つまり、今日の放課後、時遡の呪法を行った後あたしはいなくなるわけで、そのタイミングであたしが登場すれば結果的にあたしはあたしに成り代わったことにならないだろうか?


 つまり特にやり直したい目的がないあたしは自分で自分を殺す必要はない……はず。


「なんか、自分で言っててこんがらがってきたけど、たぶん間違ってないはず」


 ただし、この時代にいるあたしに過去へ跳んでもらうためには三浦に時遡の呪法をやらせる必要がある。そのためにはあたしがあたしを襲ってキッカケを与えてあげないとダメってことだ。


「つまりあたしはあたしを襲う、と」


 なんとなく一連の流れが読めてきた気がした。


 実際に殺す必要なんてない。そのフリをするだけ。


 ――うまくやれるか心配だけど……


「実際あたしはあたしに襲われてんだから、あたしはそれをやったってことよね」


 ――よし!


 両頬をピシャリと叩いて気合を入れる。


 あたしは放課後に向けて準備をするため部室を出た。


「――こんなところで何してるんですか!?」


「うっ?」


 部室を出た瞬間に声を掛けられた。声の方を向くとそこにいたのは輪島先生だった。


「鳥海さん!? どうしてこんなところに!?」


 驚きを隠せない先生。


 そりゃそうだ、普通なら、今頃あたしは授業中――あるいは事情聴取中――なのだから。


「鳥海さん。あなたどうして――」


「ああ、ゴメン先生。あたし急がないと!」


 これはウソでもなんでもない。あたしは本当に急がないといけないのだ。


 だって、休み時間になって他の生徒たちが校内をうろつきだしたら面倒くさいことになるからね。


「え? ちょ、ちょっと待ちなさい! あ、こらッ! ――昼休みに職員室にきなさい。いいですね!」


 先生の言葉を後目にあたしはダッシュでその場から逃げた。

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