第6話 旅立ち……

 室内がシンと静まり返る。


「アホくさ。帰ろ帰ろ」


「え? いや、どうして?」


「どうしてって、決まってるでしょ? そのなんちゃらのやつって、たしか時間を戻るってやつでしょ? そんなのできるわけないじゃん」


 ドッペルゲンガーも大概だが、時間を戻るなんてことはそれ以上にあり得ないことだ。


「でも鳥海さんはドッペルゲンガーを見たんでしょ? だったらできるはずだよ!」


「何を根拠に……」


 大体時遡の呪法とやらとドッペルゲンガーにどういう関係があるんだってカンジ。


「そうだよみな実ん。三浦くんならもしかして――」


「あのね、翔子。翔子があいつに期待するのはわかるけど今回ばかりは無理よ」


 翔子自身もその事は十分理解できているはずだ。好きな相手を信じたいという気持ちと現実を受け止めようとする気持ちがせめぎ合っていることだろう。


「話、終わった?」


 これまで静観していたカレンがあくびを噛み殺した。


「うん終わり。帰ろ」


「オッケー」


 話は終わって、あたしは部室の外に――


「――!?」


 扉を開け一歩外に出たところでその存在を認め、あたしは慌てて室内に引き返した。


「ちょっと! いきなり何よ!」


 あたしがいきなり下がったもんだから、後ろからついてこようとしたカレンとぶつかった。


 扉を閉めて鍵をかける。


「いた……、外にあいつがいた!!」


「あいつって、まさかドッペル!?」


 声を出せずに首をブンブンと縦に振るあたし。


 あたしの言葉を聞いた三浦が慌ただしく動き出した。


 机の引き出しから何かを取り出し、ロウソクの乗った燭台を地面において、そこに絵を描き始めた。


 どうやら机から取り出したものはチョークのようだ。


「あ、あんた何してんの?」


 カレンが訊ねる。


「鳥海さんは狙われている! このまま外に出て行くのは危険だ!」


 三浦が絵を描くことを止めずに答える。


「確かに他の人から見ればおかしなことをしていると思われるかもしれない」


「そ、そんなことないよ三浦くん」


「ありがとう、渡瀬さん」


 翔子がえへへと照れたようにモジモジする。


「いや、御託はいいから結論を言いなさいよ」


「実行するんだ。時遡の呪法を」


「マジ……で?」


 そう言ってる間に三浦の絵が完成する。


 床には、円で囲んだ正九角形が出来上がっていた。


「このままだと鳥海さんはもうひとりの鳥海さんに殺されるかもしれない。だったら何もしないよりできることをやるべきだと僕は思うんだ」


 三浦は立ち上がって今度は机からろうそくを持ってきた。


「いや、でも、急にそんな事言われても――」


 その時、ドンドン――!! と、部室の扉を激しくただく音が聞こえてきた。


 部屋にいる全員がビックリして体を反応させる。


「ちょ、何よ」


「もしかして、ドッペルゲンガーが来たんじゃ……」


「時間がない!」


 三浦が、九角形と円の接点にろうそくを立てそれぞれに火を灯す。


「鳥海さん円の中心に座って!」


 言われるままに行動するあたし。


 ガチャガチャガチャ――!!!


 今度はドアノブを回す音が聞こえてきた。


 戸をこじ開けようとする音。


 ――ヤバい……マジでヤバい!!


 三浦が分厚い本を持って意味不明な文章を読み始めると、チョークで描いた模様が青白い光を放ち始める。


 ――何これ……もしかしてもしかするわけ!?


 今もなお、もうひとりのあたしは扉を叩き、ドアノブをひねっている。


 そんな中、ふとあることが頭をよぎる。


 ――もし仮にあたしが過去へ跳んだとしたら、3人はどうなる?――


「ねえ!! あんたらは大丈夫なの!? このままあたしだけ逃げたらみんはどうなるの!?」


 三浦に聞いたつもりだったけど、当の本人は詠唱中。


 代わりに答えたのは翔子だった。


「たぶん大丈夫だよ! だって、ドッペルゲンガーは他の人は殺さないから!」


 そんな保証どこにある?


 だって、あたし以外にも見えちゃってんだからもはやそれはドッペルゲンガーではない。


 ――それってつまり、それってつまりさぁ……


「う――ッ」


 唐突に目の前の景色がおかしくなる。


 あたしの周りの景色が水中で目を開けているようにゆがんでいく。それから、画像を無理やり引き伸ばしたようになって、目に映る景色が無数の線によって構成された抽象画みたいになる。


 そして、上から思いっきり押しつぶされるような感覚。


「う……ぐぐぐ……」


 ぺちゃんこになるんじゃないかってくらい強い衝撃が襲い呼吸ができなくなる。


「――……――!!」


 そして、眼の前が真っ暗になった。


 ……………………


 …………


 目を開けると、そこは真っ暗な部屋だった。


「何よ、暗すぎて全然わかんないんですけど……」


 あ、そうだ――


 スカートのポケットに入れてるスマホの存在を思い出し、それをライトの代わりにすることにした。


「えっと――」


 スマホの画面には10月9日の『18:21』と表示されていた。


「あれ……? あたしってたしか時遡の呪法とかいうやつで過去に戻ったんじゃなかったっけ?」


 でもスマホの示す日付は10月9日。


「戻ってないじゃん……」


 何よそれ。黒魔術全然ゴミじゃん。


「まあいいわ。期待してなかったし」


 そんなことより、あたしの置かれている状況を確認するのが先だ。


 携帯のライトを頼りに周囲を見回す。するとどうやらここは黒魔術部の部室のようだ。


「って、当たり前か」


 とりあえずスマホの光を頼りにカーテンを全開にした。外は夜だけどカーテンを締め切っているときよりもだいぶマシになった。


 ちなみに雰囲気を大事にとか言う理由でこの部屋の電気は取り外されているので電気を点けるってのができない。


「てか、みんなどこ?」


 さっきまでそこにいたはずの翔子たちはいなくなっていた。それに、床の模様もロウソクも綺麗サッパリなくなっていた。


「ったく、どうなって……」


 ふと、部屋の机の上にある電波時計が視界に入った。


 その時計に表示されていたのは10月8日の3時ちょうどだった。


「昨日じゃん。狂ってんの? ……え、いやちょっとまって――マジ?」


 あたしだって電波時計の仕組みぐらい知ってる。電波時計は他の時計と違って電波を受信して自動的に時間が調整されるものだ。


 つまり……


 ――信じられない。でも、信じるほかない。


「はは……黒魔術のことバカにできなくなったわね……」


 よく考えてみればスマホの時計は通常通り時を刻み続けるんだから、あたしが過去に戻ったからと言って時計の表示が戻るわけじゃない。


 どうやら時遡の呪法とやらは見事に成功したようだった。


「ってちょっとまってよ! 8日の3時!?」


 それって例の放火事件が起きたとされる直前の時間だ。


「これってチャンスってやつじゃない!?」


 新犯人の顔をを拝めるチャンスじゃないのよ!! しかも真犯人がわかればあたしの疑いも晴れるってわけだ。


 ――こうしちゃいらんない!


 あたしは急いで部屋を飛び出そうとして――足を止める。


 窓の外から不自然な光が差し込んできたからだ。


 しゃがんだ状態で窓際に近づいてそっと顔をのぞかせてみると、反対側の校舎の廊下を守衛さんらしき人が歩いていた。

 さっきの光はその人が持っている懐中電灯の光だったようだ。


 今日は祝日でしかもド深夜。


「ご苦労なことで……じゃなくて!」


 ――この学校セキュリティ意識高すぎでしょ!

 

 このまま出ていったら守衛さんに見つかるかもしれない。


「せめて顔だけも隠せたら――って、ダメダメ。着てる制服でうちの生徒だってバレバレじゃん」


 そうなると制服を隠せる何かも欲しいところだが、そんな都合のいいものはここにはない。


「裸になってみるとか? って何考えてんだあたしは!」


 裸で守衛に捕まったらそれこそ正真正銘の不審者だ。


「じゃあどうするのよ、あたし」


 今一度ぐるりと部屋を見渡して、あるものがあたしの目に留まった。


「カーテン……これだ!!」


 遮光カーテンを取り外し体に纏うとちょうどいい感じにあたしの体がすっぽり隠れた。


「あとは顔か……たしか、三浦がドミノマスクがなんちゃらって言ってたよね」


 今朝――正確には明日の朝だけど――三浦と翔子が棚にマスクがあると言っていた話を思い出す。


 つまり――


「おっ! あったあった」


 棚に飾ってあるドミノマスクを失敬して顔に装着。これまた意外にピッタリ。


「ん……」


 マスクの上の段に安置されているのはきれいな水晶。


「これが噂のウン十万……ってダメダメ」


 思わず手が伸びそうになるも慌てて手を引っ込める。


 こんなの持ってったって荷物になるだけだし。


 こうしてあたしはものすごく怪しい格好で部屋を後にし――


「うが――っ!?」


 ようとして盛大にドアにぶつかった。


 そう言えばカギが掛かってるんだっけ……


 気を取り直して、カギを開けて部屋を出た。


 ――――


 いくら変装しているとは言え見つからないにこしことはないので、ソロリソロリと警戒しながら昇降口を目指す。


 急がなければいけないのは重々承知しているが、ここで守衛に見つかれば事件現場にたどり着くことができなくなってしまう。それでは本末転倒というやつだ。


 階段を降りきってようやく1階に到着。


「ふぅ……」


 とりあえずここまでは何事もなかった。


 でも油断は禁物で――


「――誰だ!!」


「ひぃぃっ!?」


 反射的に周囲を確認するあたし。


 だけどそこに人の姿はない。


「え? なに? どゆこと?」


 もしかして幽霊とか……ないよね?


 こころなしか声が遠かった気もするし……


「……カン違いならそれでいいわ」


 あたしは歩みのスピードを早めて無事学校の外に出る事ができた。


 正体を隠すには丁度いいのでカーテンとマスクはそのままで、あたしは全速力で事件のあった場所へ向かう。


 現場近くに来ても火の手が上がっている様子はない。事件当時、ぼろアパートはものすごい勢いで燃えていたらしいから、何かあればわかるはず。


 まだ犯人は火をつけてないってことだ。


 アパート付近まで来て走るのをやめて、呼吸を整えながら近づいていく。


 そして……


 あたしは敷地内に怪しい人物がいるのを発見した。

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