第5話 もう一人の自分
部室を出た後、あたしとカレンは職員室へとやってきた。そこには輪島先生はいたけど肝心の翔子の姿はなかった。
「え? 渡瀬さん戻ってないの?」
あたしが先生に翔子の所在を訊ねると、先生も知らないようだった。
「おかしいですね。話は10分もかからず終わったはずですよ」
翔子が呼び出しを食らったのは30分ほど前。職員室から部室に行くまで5分とかからない。
「どこ行ったんだろ」
「それより、何の話だったんです? 翔子が呼び出されるなんてチョー珍しいし」
たしかにあたしもそれは気になった。
「それはですね――」
てっきり『当事者意外の人には教えられません』って言われるかと思ったのに、輪島先生は意外とあっさり呼び出された内容を教えてくれた。
「先日起きた商店街のアパートの火事で亡くなった方が判明して……それがどうやら渡瀬さんのお兄さんだったらしいの」
「え、マジですか!?」
「うっそ!?」
翔子には歳の離れたお兄さんがいてあたしも何度か話をしたことがある。すごく聡明で甘いマスクが特徴的なお医者さんのたまご。かくいうあたしの初恋の人だったりもする。翔子ともとても仲良くてあたしも一緒に遊んでくれたことだってある。
勉強に集中するため一人暮らしをしているとは聞いていたけど。まさかそのお兄さんが死ぬなんて……
その事実は翔子にとって相当なショックに違いない。
「もしかして翔子……どっかでひとりで泣いてるのかも……」
「そうですね。職員室を出ていく渡瀬さんの背中は悲しそうだったもの」
「さがす?」
「もち!」
先生に別れを告げ、あたしとカレンは翔子を探すことにした。
――――
職員室を出たあたしたちは翔子を見つけたら携帯で連絡を取り合う約束をして二手に分かれた。
ちなみに翔子の携帯に電話もしてみたしアプリでメッセージも飛ばしてみた。しかし、電話には出ないしメッセージも既読になることはなかった。
電話にも気づかないほど相当ショックを受けてるってことだ。
「おーい! 翔子ぉー! いたら返事しろー!」
声を上げながら廊下を走る。通り過ぎるついでに教室の中も覗いてみる。
しかし一向に翔子の姿は見えない。
――まったく……どこに隠れてんのよ……
「……ん?」
廊下の向こうに人影があった。遠目でも翔子ではないことはわかる。
部活も終わって下校の時間が近づいているため校内に残っている生徒は少ない。でもいないわけじゃない。だから、知らない生徒だと思って最初は普通にスルーしそうになった。
けど、その人に近づくにつれてあたしはあることに気づく。
「……うん?」
真ん中分けのセミロングにほんのちょっぴり日に焼けた肌。
なんか見たことあるような……
「んなっ……ウソでしょ!?」
そいつはどっからどうみても正真正銘あたしだった。
まるで鏡を見ているように瓜二つの存在。
「マジ……で?」
相手はただ黙って突っ立ているだけでなんの動きも見せてはいない。しかしその右手には女子高生が手にするにしてはかなり物騒なものが握られていた。
「えっと……料理部の方……?」
どう考えたってそんなわけないのに、口をついて出たのはそんな間抜けな言葉だった。
「ひえっ!」
あたしのボケがお気に召さなかったようで、もうひとりのあたしは無言で包丁を構え突進してきた。
あたしは急いで踵を返し逃げた。
――一体どうなっちゃってるわけ? なんであたしがもうひとりいるの? 訳わかんなすぎ!!
あたしともうひとりのあたしの距離は縮まることなく離れることもない。
――見た目が同じなら身体能力も同じってわけね。
校内に残っている何人かの生徒が何事かと目をみはる。
同じ顔した者同士がおいかけっこしてるなんてさぞ奇妙に映っていることだろう。
速度を緩めることなく廊下の角を曲がろうとした瞬間、あたしは思いがけない人物に出くわした。
「しょ、翔子!?」
「あ、みな実ん……」
「あんた今までどこで何やってたのよ! ってかなんで電話でないのよ!」
さっさと翔子と連絡が取れていればあたしはあたしに追いかけ回されることはなかったわけで……
「えっと、携帯はカバンの中だから」
「あ、そういうこと……」
――持ち歩かなければ携帯の意味がないじゃないの!!
「――って、そんなこと話してる場合じゃなかったんだった!」
廊下の角から顔をのぞかせ廊下を確認する。
あいつはまだ追ってきていた。
「どうしたの? そっちになにか……」
あたしと同じように顔を覗かせる翔子。そして、彼女もまたもうひとりのあたしの存在を確認した。
「うん? んんん!?」
より詳しく何度も目を擦って確認する翔子。
「いや、そんなことしてる場合じゃないから!! 逃げないと!!」
あたしは翔子の腕を掴んで再び走った。
「え? ちょ? ええ!? なんでみな実んが2人いるのぉっ!?」
翔子が走りながら質問してくる。
――そんなのこっちが知りたいくらいだ。
「翔子。その話はあとにしてさっさと帰ろう」
もうひとりのあたしに追われて校内をぐるぐる回っているなんて非効率的だ。外に出てしまえば逃げ道はたくさんあるんだから。
「待って、荷物部室に置いたままだよ……」
申し訳無さそうに言う翔子。
さすがにここで、そんなのどうだっていいでしょとは言えず、
「わかった。一旦部室に行くわよ」
あたしたちは部室に行くことにした。
部室に行くまでの間になんとかもうひとりのあたしを巻くことに成功した。それから途中でカレンとも合流できた。部室に入るなり、走り疲れていたあたしはソファにダイブした。
「はぁ……ちょっとだけ休憩」
「ねぇ、さっきの話ホントなの? ドッペルゲンガーが出たって」
「まあ、ね」
翔子も目撃しているから、それをドッペルゲンガーって呼んでいいのかはわからないけど、訂正するのも面倒なので話を合わせる。
「ドッペルゲンガーだって!?」
「うわっ!? あんたいたの!?」
どうやら、三浦はずっと部室にいたみたいだった。
「興味あるの、三浦くん」
「もちろん。――だって、ドッペルゲンガーなんてあり得ないからね!」
こいつの口からその言葉が出てくるとはね。黒魔術部などという胡散臭い部活動をやっておきながらよく言うよ。
「でもオカルトにまったく興味のない鳥海さんの口からその言葉が出たってことはそういうことでしょ? ――それで、ドッペルゲンガーを見たのは鳥海さんだけ?」
「ううん、私も見たの。自分のじゃなくて鳥海さんのドッペルゲンガーだけど」
「なるほど、そうなると鳥海さんの頭が悪いわけじゃないのか」
「おいっ! あたしの頭が何だって!」
「そういう意味じゃないでしょ。――ほら、お昼に3人で話したでしょ、脳の異常の話」
ああ、その話か。
――ったく、紛らわしい。
「三浦くんはどう思う? ドッペルゲンガー」
三浦は「そうだね」とつぶやくとしばらく黙り込んだ。
「一応確認だけど双子とかではないんだよね?」
「うん」
実はあたしには生まれながらにして離れ離れになった双子の姉妹がいましたとかいうのは絶対ない。
「だとすると答えは出ないな」
「ああ。そう……」
こいつならもしかして――って、ちょっと期待したんだけどな。
「でもホントどうすんの? もうひとりのみな実はあんたを殺す気でいるんでしょ?」
「そうなのよね」
相手は包丁を手にしていた。今この状況においてそれの使い道なんてひとつしか思いつかない。
「ところで、ドッペルゲンガーが現れたことに対する心当たりとか切っ掛けとかって何かないのかい?」
「そんあのあるわけ――」
「あれだよ!」
あたしの言葉を遮るように翔子が叫ぶ。
「ほら、事情聴取のときに話してた防犯カメラ! みな実んの偽物が現れたのはあれが最初だよ!」
正確にはあたしがその存在を認識した最初であって、それ以前から存在していた可能性だってある。いやむしろあたしと同じ姿をしているなら生まれた月日も自分と同じと考えるのが自然だ。
そういう意味においては双子か……?
「その防犯カメラっていうのはなんの話だい?」
事情を知らない三浦が首を傾げると、翔子が意気揚々と詳細を説明する。
「……なるほど、つまり自分の知らないところでもう一人の自分の目撃情報があった上にその姿がカメラにまで収められていたと」
「そういうこと」
「それならなんとかなるかもしれないよ」
「そうよね、さすがのあんたにだって――ん? 今なんて言った?」
「だから、なんとかできるかも、と」
「なんとかできんの!? マジで!?」
あたしは勢い余って三浦の両肩を掴んで顔を寄せた。
「あ、ああ……」
あたしの勢いに気圧され顔を引く三浦。
「で、どうすればいいの!!」
このイカれた状況を打開できると聞いてつい前のめりになる。
「顔が近いよ!! いくらみな実んでもそれはダメだよ!!」
翔子が間に入ってあたしと三浦を引き剥がした。
そして三浦は一拍置いて眼鏡を上げ、「時遡の呪法さ!」と、得意げににのたまった。
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