第4話 時遡の呪法
放課後になって、翔子が黒魔術部に行くと言い出したのであたしもそれに付き合うことにした。
「え?」「あれ?」
部屋に入った瞬間あたしと翔子は同時驚いた。その理由は、盗まれたはずのカーテンが元に戻っていたからだ。
「盗まれたんじゃなかったの?」
「ん? ああ、それが――」先に部屋にいた三浦が答える。「僕もさっきここにここに来たばっかりなんだけどこの状態だったんだ。ちなみにドミノマスクも戻ってるんだよね」
言われて、棚を確認すると、たしかにそこにはハデなアイマスクが置いてあった。
「どういうこと?」
「僕にもさっぱり。ただ、1つ気になることはあってね」
三浦はよく見てくれと言わんばかりにカーテンのプリーツを伸ばした。
すると、カーテンの所々に虫に食われたような小さな穴が空いていた。そのため、カーテンを完全に締め切ると、その穴から外の光が漏れてしまっていた。
「なにこれ」
「思い当たるフシがあるとすれば虫眼鏡の実験なんだよね」
「虫眼鏡の実験?」
「あれだね。虫眼鏡で太陽の光を収束させると紙に穴が空くやつ」
三浦がうんと頷いた。
「じゃあ何。カーテンを盗んだ犯人はわざわざ虫眼鏡でカーテンに穴を開けてもとに戻したっての?」
穴はひとつではない。数ヶ所に及んでいる。
どんだけ暇人だ。
「いや、犯人がやったとは限らないよ。犯人にとっても想定外の出来事だったって可能性もあるからね」
それこそどういう状況だ。
「そう言えば、昼頃にとても興味深い話が聞けたんだ。どうやら昨日の未明この学校に女子生徒が侵入していたのを守衛さんが見たっぽいんだよ」
「ああ。その話か」
今朝あたしと翔子がカレンから聞いた話を、三浦も独自に仕入れてたようだ。
「けど、女子生徒ってのは初耳だよね」
「そう言えばそうね」
カレンの話はそこまで詳しくなかった。
だがこれで変体という線は消えたわけだ。
「だから僕はその生徒が怪しいと睨んでいるんだ」
三浦も翔子と同じことを考えているみたいだった。
「でもさ、部室のカギは先生がちゃんと締めたんでしょ? だったらどうやってこの部屋入ったってのよ」
「うん。たしかに外から侵入するのは無理だろう。だけど方法がないわけじゃないんだ。――その方法というのはね、この部屋の中に隠れているって方法さ」
部屋の扉は内側からカギがかけられるようになっている。90度ひねって回すタイプ、いわゆるサムターンってやつね。
つまり、外からカギを締められても中からなら簡単に開けることができるってわけ。
「現に棚の後ろにはギリギリひとりだけなら隠れることができるスペースがあるし、そこに隠れていて頃合いを見てカーテンとマスクを盗んで部屋を出たのではと……」
「でもそれっておかしくない?」
「どこがだい?」
「先週、先生が最後にカギかけたのいつ?」
「土曜日の夕方だね」
「さっき言ってた女子生徒が目撃されたのって月曜の未明でしょ?」
「うん」
「つまり土曜の夕方から月曜の未明までずっとこの部屋にいたってこと? ありえなくない?」
三浦は眼鏡をクイッと上げていや――と否定する。
「そうとは限らない。その間自由に出入りしていたかもしれないんだ。そして見つかったのがたまたま月曜の朝だったということも考えられる」
土曜の夕方、先生がカギを締めた後頃合いを見て部屋の外へ出る。そうすれば部室にはカギがかかってない状態になるから、犯人はいつでも自由にこの部屋に入ることが可能になる。何度か出入りを繰り返していてたまたま守衛に見つかったのが月曜の未明だった……
「なるほどね」
と、一応は納得しつつも、部室に何度も出入りする要件はなんだって疑問は残る。
「でも、盗まれたと思ってたものが返ってきたから、この件はこれ以上追求されないだろうね」
いわゆる事なかれ主義ってやつだ。この学校だけじゃなくどこの学校でも大抵そうだろうけど、無駄なことに時間を費やしてくれるほど先生も警察も暇じゃない。
話が終わると、三浦はいつものように机に座って六法全書もビックリなくらいの分厚い本――三浦いわく魔術書――を黙々と読み始めた。そして、ソファに座った翔子がその三浦の姿をじっと見つめる……と。
これがいつもの活動内容。
こんなのに学校の予算が使われてるってなったら、そりゃ他の部から僻まれるのも無理はない。
静かな時間が流れる中、キンコンカンコンと校内放送が流れる。
『1年A組の渡瀬翔子さん。至急職員室まで来てください。繰り返します――』
輪島先生の声だ。
「わ、私だよ!?」
あたしと違って普段先生に呼び出されることなんてない翔子は取り乱した様子でキョロキョロしだす。
「そうだね。翔子だね。なんか悪いことでもしたの?」
「悪いこと? えっと、カラオケ……とか?」
「ゴメン。あたしのせいだね」
「あぅ……」
翔子はがっくりと肩を落として、猫背で職員室へと旅立った。
…………
無言の時間が過ぎていく。暇すぎて眠たくなってくる。
翔子が先生に呼び出されてかれこれ30分近く経過してる。窓の外はすっかり暗くなっていて、三浦はロウソクを机に立てて今もなお必死に本を読んでいた。
この部室は雰囲気を出すためという理由で蛍光灯が外されている。そのため明かりが欲しくなったらロウソクとか懐中電灯とかが必要になる。
「ってか、翔子遅すぎじゃない?」
話を振ったつもりだったが本に集中する三浦に反応なし。
――どんなの本を読んでるんだか。
頼りない明かりを灯してでも読みたい本とはなんなのか?
気になったあたしは三浦の背後からその本を覗き込んだ。
すると……
「
「うわあっ!?」
「ちょ、何よ急に!?」
「いや、だって、急に背後から声がしたから驚いて」
あたしのせいだったみたいだ。別に脅かすつもりはなかったんだけどね。それだけ三浦が集中してたってことだ。
「その時遡の呪法って何?」
「ああ、これは、時間を遡る呪術のことさ」
そのまんまだった。
三浦が自分の右手を見つめ何やら語り始める。
「僕はかつて特殊な
三浦は饒舌に、そして至って真面目に語る。
「あーはいはい、そういう設定ね」
こいつは普通にしてればそこそこイケてるのにこれがあるからね。
なんていうの、中二病ってやつ?
まぁ、そういう気質があるからこそ黒魔術なんてものに興味を抱くわけだし。
「おーい。みな実いるー?」
ガチャリと扉が開いて部屋に入ってきたのはカレンだった。
「うわっ、真っ暗!」
「どうしたの? カレンがこの部室に来るなんて珍しい」
「ちょうど部活終わってさ、一緒に帰ろうと思って」
たしかに時刻はもう夜の6時を回っていて、いつもなら帰っている時間だった。
「
則子ってのはカレンの部活仲間。2人は仲がいいらしく、よく一緒に帰っている。あたしはクラスが違うので直接の面識はない。
「あー、則子はあれだよ。新しいスマホ買うんだって言って張り切っててバイトのシフト入れまくってるらしくて、最近は部活にも来てないんだよ」
「ふぅん」
「ところで、翔子は?」
「さっき先生に呼び出されてたっしょ。あれから帰ってきてない」
「そうなの?」
「そんじゃあ、翔子誘って帰ろうか」
「どこにいるか知ってんの?」
「先生に呼びだされたんだから先生のところでしょ? ――そんじゃあたし帰るわ」
一応三浦に挨拶する。三浦は動こうとしないところを見るに、ここに残るようだ。
「程々にしときなさいよ」
あたしとカレンは部室を後にした。
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