第3話 ドッペルゲンガー
昼休み。あたしは翔子とカレンと一緒に教室で昼食をとっていた。
「あ~、マジ最悪ぅ~」
昼休みを迎える頃にはすべての女子生徒の事情聴取も終わり警察は引き上げていた。
購買で買った昼食を広げてみるも、一向に食欲がわかないでいた。
「私もだよー。友だちの家で泊まるって嘘ついたのお母さんにバレちゃうよー!」
翔子もカラオケ店にいたことがバレて主任に厳しく迫られたらしく、泣きながら教室に戻ってきた時は教室がちょっとだけ騒然となった。
「怒られるだけで済むならまだましでしょ? こっちなんて犯人扱いだっての!」
実際問題、どっから情報が漏れたのか知らないけど校内であたしが放火犯という噂が囁かれ始めていた。
「――はっ!? 三浦くんに遊んでる女だって思われたらどうしよう!?」
翔子は自分のことでいっぱいみたいだ。
「2人とも元気だしなって! あ、これ食べないならもらうけど」
「どうぞ、ご勝手に」
事件とは無縁のカレンは実に気楽なもんだ。
「だって、2人ともカラオケ店にいたんでしょ? だったら無実じゃない。――あ、これ美味しいかも」
サンドイッチを頬張りながらモゴモゴと話す。
「たしかに犯人じゃないわよ。だけど変な噂ってのは1回広まったらおしまい。疑いを晴らすの一苦労なんだって!」
むしろ今となってはこっちのほうが問題なくらいだ。
「それに――」
「それに?」
「あたしがカメラに映ってたっていうのはどう説明すんのよ」
「ふむ。それもそうだね」
「――こんなところにいたのね鳥海さん!」
突然教室内に響いたあたしを呼ぶ声。教室の扉には担任の輪島先生の姿があった。
普段は優しいはずの先生が珍しく怒りを露わにしていた。
輪島先生は以前あたしが遅くまで居残りさせられていた時、外は暗いからと言って車で家まで送ってくれたことがあった。それが本当はダメな行為のはずなのにその禁を破ってでも生徒のことを思ってくれる優しい先生なのだ。……が、その輪島先生は今、怒っていた。
「鳥海さん! 昼休み職員室で話をする約束だったでしょう!」
「え? 職員室に?」
初耳だ。
「とぼけたって無駄ですよ。一時間目の授業中、中庭で伝えたでしょう?」
一時間目といえば歴史の時間で、うちのクラスに限ってはちょうど警察の事情聴取を受けていたときだ。
――そのときあたしが中庭にいた? それってつまりあたしが授業をサボってたってことにならない?
「サボってた……? このあたしが?」
あたしが首をかしげると、カレンと翔子も「なにそれ?」みたいな感じで頭の上にはてなマークを浮かべて首をかしげた。
「先生本気で言ってます?」
質問したのはカレンだった。
「え? ええ。こんなことで嘘なんか付いてどうするの?」
そりゃそうだ。先生が嘘を付くメリットなんてない。
しかしそうなるとおかしなことになる。
「先生。みな実は一時間目はずっと教室にいましたよ。途中で事情聴取で教室を抜けた以外は」
カレンの言葉に同意して翔子がウンウンと首を縦に振った。
「そ……そうなの?」
「歴史の
そこまで言われるとさすがの先生もあたしを糾弾する勢いが薄れていく。
「先生寝ぼけてたんじゃないですか?」
「そう……なのかしら。たしかに最近寝不足気味ではあるけれど」
頬に手を当てて考え込む先生。
「とにかく事情はわかったわ。一度畠先生に確認してみます」
そう言って教室を出て行く先生。
先生は何度も首をひねってどうにも納得いかないようだった。
「いやー、まさかあの輪島先生が盛大なカン違いとはね」
気を取り直してカレンは昼食を再開する。
「カン違いで済まされるのかな?」
そう語る証拠はちょっと真面目な様子だった。
「え? いきなり何よ、翔子」
「だって、教室に入ってきた時の輪島先生って明らかに確信を持ってたよね」
「カン違いってそういうもんでしょ?」
「それでも私は思うんだよ。もしかして……みな実んって“2人”いるんじゃない?」
カレンの手からサンドイッチが落ちた。
頬杖付いてたあたしは手を滑らせ盛大に頭が机に直撃した。
――本気か!? 翔子!?
「私は真面目だよ!」
「だったら余計に大問題よ」
「そうよ。あの変な部活に入ったせいで頭がやられちゃったんじゃないの?」
「違うってば! だって、みな実ん言ったよね? 事情聴取の時、火事の現場の近くでみな実んを見たっていう目撃証言があったって。カメラに映ってたって。――それってみな実んが2人いたと考えれば辻褄が合うよでしょ?」
一瞬だけ、確かに――と思ってしまった。
「ギャハハ。ないない。絶対ないって」
それを一笑に付すカレン。
そんなカレンに負けじと翔子はなおも説明を続ける。
「それにほら、この世には自分と同じ人間が3人はいるって言うでしょ?」
同じ人間が3人――
それを聞いて、昔テレビで見た怖い話を思い出す。
その話の内容はたしか……
「違う違う。それを言うなら似た人間が3人いるってやつね。オカルト関連の情報は正しておかないと三浦くんに嫌われるわよ」
「もう! オカルトじゃなくて黒魔術だから!」
「どっちも一緒じゃん。ねえ?」
「へ? あ、うん……」
いきなり話題を振られて生返事を返すあたし。
「なぁに? まさか今の翔子の話信じたわけ?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど……」
――昔テレビで見た怖い話。その話の内容はこの世には自分と同じ姿をした人間がいて、その存在を見た者は数日後に死ぬんじゃなかったっけ?
たしかその物語のタイトルは……
「ちょっと、ドッペルゲンガーってのを思い出してさ」
「それだよみな実ん!」
「はい、残念。それはあり得ません」
しかしまたもカレンが翔子を一蹴した。
「いい? ドッペルゲンガーってのは脳の病気なのよ。いわゆる幻覚ね」
「へぇ。詳しいじゃん」
「テレビでやってた」
「あ。そう」
そんなオチだろうと思った。カレンはあたしと一緒でそんなに頭良くないしね。
カレンが見たというテレビ番組の情報によれば、ドッペルゲンガーの正体は脳の障害によって自分と同じ存在、幻覚を見てしまう病気らしい。そしてその病気で最終的には命を落としてしまうのだそうだ。
ドッペルゲンガーを見た人間が死ぬという噂はそこから生まれた迷信なんだそうだ。
自分を見たという妄言をはいた人間が突然死んで、そういった事例が世界各地で発生すればそういう噂が出るのも納得。
「……その話、変だよね」
「そんな事言われても困るし。文句ならテレビ局にクレーム――」
「――じゃなくて! だって……みな実んを見たって言ってる人はみな実ん自身じゃなくて、先生とか目撃者でしょ? ね? 変でしょ?」
カレンとあたしは思わず顔を見合わせる。
言われてみればそうだ。
今のカレンの説明はあたしがあたしの姿を見た場合の説明でしかない。あたし自身はもうひとりのあたしを見ておらず、他の人が別のあたしを見ている……
――何よ、この状況……
「じゃあ何? ほんとにみな実が2人いるって言うの?」
「それは、わからないけど……」
この近くにあたしのドッペルゲンガーが存在していて……万が一それを見てしまったらあたしは死ぬってこと?
――ははっ、笑えない冗談だ。
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