第2話 奇妙なズレ

「あれ? 何やってんのおふたりさん」


 教室に戻る途中で声を掛けてきたのはカレンだった。本名織田カレン。あたしの親友のひとり。付き合いの度合いで言えば翔子のほうが長いけど、あたしと嗜好が近いのはカレンの方だ。


「こっちって確か部室棟だよね? みな実って部活入ってたっけ?」


 昇降口とは別の方向から来たあたしたちに疑問を持ったようだ。


「違う違う。あたしは翔子に付き合ってただけだよ」


「そうなんだよ。部で盗難があって」


「盗難? なんか盗まれったってこと? でも翔子の入ってる部って黒魔術でしょ? あんなとこに盗まれるようなもんないでしょ」


 カレンは何気に失礼なことを言っていた。


「そんなことないよ! 棚に飾ってある水晶なんかはウン十万するって三浦くんが」


「うっそ!!」「マジで!?」


 それはあたしも初耳だ。


「それってガチ犯罪じゃん」


「いえいえ。その水晶は盗まれてなかったんですよ。たぶん犯人はその価値を知らなかったんだと思います」


「だったら何が盗られたのよ」


「マスクとカーテンだってさ」


「うわっ、ショッボ!」


「ショボくないよ! 部にとっては大事なものなんだから!」


 翔子は胸の前でブンブンと両手振った。


「ふーん」


 カレンは特に興味ない感じだった。ぶっちゃけあたしもなんだけどさ。


「あー、でもそういえば。その話と関係あるかどうか知んないけど、昨日の深夜に学校に忍び込んだ生徒がいたらしいよ」


「そうなの!? それ、すごく怪しいよ!?」


「んで、実はうちの部でも盗難騒ぎがあってさ」


「何よそれ」


 カレンの所属してる部活は水泳部。黒魔術部に比べれば盗難できるチャンスは多そうだ。活動中は更衣室は無人になるわけだし。


「まぁ、盗まれたのは土曜の夜の話なんだけど、さっきそれの進捗を顧問に確認しに行ったら、怪しい生徒を見たっていう話が出てるってのを聞いたわけ」


 うちの高校の水泳部は県内でもトップクラス。その理由は他校との練習量の違いにある。水泳部は夜遅くまで練習していたらしく、今回の盗難はそれが仇になってしまったみたいだ。


「ふぅん。じゃあそいつが水泳部と黒魔術部で盗みを働いたってとこか」


「あの……ところで水泳部では何が盗まれたんですか?」


「ああ……」カレンはちょっとだけ言いにくそうに頭をかいた。「女子の制服」


「キモっ! 変態じゃん!」


 うちの学校に制服を盗む変態野郎がいるだなんて世も末だ。


「でも、制服とカーテンとドミノマスクって変な組み合わせですね」


 三浦は訝しんだ様子で話を吟味する。


 ちょっとだけ想像してみた……


 女装してカーテン羽織ってドミノマスクをつけた男……


「やっぱ変態じゃん!」


「みな実が何を想像したか知らないけど同一犯って決まったわけじゃないでしょ。それに同じ日に盗まれたかどうかもわかんないんだし、犯人が男だとも限らない。でも犯人は案外早く捕まるかもね」


「ん? なんで?」


「警察来てるっぽいんだよね」


「え、マジ!?」「そうなんですか?」


「うん」


 ――警察がこの学校に? なんで……?


 …………


 一時間目の授業開始前に担任の輪島先生から連絡事項があった。


「皆さんもすでにご存知でしょうが、昨日市内商店街内にある木造アパートが火事になりました。その件に関して警察の方がこの学校の女子生徒に事情を聞きたいとのことで、授業中にひとりづつ呼び出しをするそうです」


 先生の話が終わると教室がざわついた。


「先生! それってこの中に放火犯がいるってこと?」


 クラスメイトが先生に質問を投げかけた。


「それはわかりません」


「でも、話訊くのって女子生徒だけなんでしょ? それってつまりこの学校の女子が怪しいからなんでしょ?」


 別の生徒が言うと、先生は少しだけ答えに窮した。その態度を目ざとく見て取ったクラスメイトたちが誰それがやったんだと騒ぎ始めた。


「皆さん静かに! やたらとむやみに人を疑うことはいけませんよ!」


 先生の注意で教室が静かになった。


 でも、クラスのみんなが言ってることは間違ってない。事情を聞きたいのであれば普通は全校生徒に話を聞くはず。それが女子だけってことは、警察は何らかの確信を持ってそれをするわけで。


「マジ……?」


「あはは。大丈夫だよみな実ん」隣の席の翔子が笑顔で話しかけてくる。「だって、その事件があったとき私たち一緒にいたでしょ?」


 うんそう。翔子の言うとおり。


 事件があったのは10月8日、月曜日の朝の3時頃の話だ。その日は祝日ということもあって、あたしと翔子はオールでカラオケやってた。つまりあたしたちは犯人じゃないってわけだ。


 ――――


 一時間目の授業開始と同時にひとりずつ生徒が呼び出されていった。


 出席番号順に呼び出される女子たち。呼び出されてから返ってくるまでの時間はまちまち。


 授業中に生徒が教室を出たり入ったりするもんだから、みんな気が散っちゃって授業どころではなくなっていた。


 そして、いよいよあたしの番になった。


 呼び出された場所は授業で使ってない空き教室。そこには警察の人と思われる人が2人と、学年主任の郡山こおりやま先生がいた。彼女はいつも厳しく目を光らせているお局様。このときもいつもと同様にあたしに鋭い視線を向けてきた。


 ――相性悪いのよね、この先生。


 あたしは他の生徒以上にこの先生から目の敵にされているような気がしてならない。そりゃああたしは自分がそこまでできた生徒じゃないってのを自覚してるけど、それにしたってそれにしてもだ。


「座って」


 2人の警察の内のひとり、50代後半くらいの刑事さんがあたしに命令した。


 警察の人と向かい合うようにして座る。


「大体の事情は聞いてると思うけど。いくつかこちらの質問に答えて欲しい。まずは昨日の朝早く午前3時から6時ごろにキミはどこにいたのかな?」


「えっと、その時間は――」


 素直に答えようと思ってはたと気づく。


 ゆっくりと主任の方に視線を向ける。


 ヤバい……


 あたしが翔子とカラオケ行ってたと素直に答えたら主任に聞かれてしまう。


 いくら休みの日だったとは言え、高校生が遊び歩いていい時間ではない。


「えっと、鳥海さんだよね? どうかしたのかい?」


 若い方の刑事さんが名簿に目を落としながら聞いてくる。


「あー、いやー……」


 ここは腹をくくるしかない。どうせ後に控えている翔子だって同じ証言をするんだし。


「カラオケ行ってました」


「なっ、なんですって!!」


 大声を上げたのはもちろん郡山先生だった。


「うわあっ!」先生の声に驚いて思わず声が出てしまった。「えっと、あはは」そんでもって笑って誤魔化す。


「笑い事じゃありませんよ!! 鳥海さん!! 夜中に遊び歩くなんて、あなたは何を考えているんですか!? あなたのお父様はとても立派な方ですのに、あなたときたら……いいですか――」


 たしかに郡山先生から見ればあたしの父親は“立派な人”かもしれない。だからなんだというのか?


 親は親、あたしはあたしだ――


 それに、家にいる時のお父さんは正直ウザいだけだ。この間だってこっちの予定も考えずにサプライズとか言って『ディバインキャッスル』っていう高級宿泊施設のチケットを渡してきたりとかしてさ。

 本音を言えばもちろん行きたかった。だけど先客との約束があって断った。そういうのって普通はこっちの予定とかとか事前に聞くだろってカンジ。そういう空気の読めてないところがダメダメなんだよね。


 その時のことを思い出してなんだか無性に腹が立ってきた。自分が反論できる立場にないのはわかっていても言い返してやりたくもなる。


「あの――」


「あっと、すいません。お話なら後にしてもらえます?」


 あたしが先生に言い返そうと口を開こうとしたとき、警察の人がそれを制した。


「え? そ、それもそうですね」


 郡山先生はコホンと恥ずかしそうに空咳を入れて居住まいをただす。


 あたしも反論したい気持ちをグッと抑え警察の話を聞くことにした。


「話を戻すけど。カラオケ店にいたというのは、間違いない?」


「はい」


 それからあたしはカラオケ店名を告げ、それを証明できる人間はいるかと問われた際に翔子の名前を出した。するとそれを聞いた主任がまたヒステリーを起こしそうになってそれを警察の人が止めるというやり取りがなされた。


「そうか……カラオケか……」


「後でカラオケ店に確認してみます」


「ああ、そうしてくれ」


 目の前に座る2人の会話はなにやらただならぬ雰囲気。


 事情聴取とはこういうものなのか。


 ――それともあたしが疑われてる? って、なわけないじゃん。だって、あたしにはちゃんとアリバイがあるんだからさ。


「じつは、事件現場の近くに設置されていた防犯カメラに、現場とは逆方向に向かって走って逃げているように見えるここの生徒の姿が映っていてね」


「そう。しかもその生徒は目出し帽をかぶっていた。――怪しんでくださいって言っているみたいだろ?」


「はあ……」


 なるほど、それでこの学校の生徒が疑われたわけか……


 ただそんな事を言われたところでそれが何って感じで軽く構えてたら――


「さらに、その目出し帽をかぶった生徒が走り去った後、それを追いかけるようにして走っていく別の生徒がカメラに映っていて、


「へぇー。……へ? え? あたし? あたし――!?」


 自分を指差すあたしに対して2人の刑事さんが同時にうなずいた。


 刑事さんがノートPCを出して画面をこちらに向けるようにしてテーブルに置いた。


「嘘をついていると思われるのも何だからね。これが証拠だよ」


 刑事さんがパソコンを操作して動画を再生させる。その映像は防犯カメラの映像だった。


 刑事さんが言う通り、最初に目出し帽に学生服の生徒が道を走っていく。それから数分後本当にあたしと間違えてもおかしくないくらい激似の人物が走り去る姿が映っていた。


 それを見たあたしは開いた口が塞がらなくなっていた。


 ほんとうにあたしだ……でもなんで?


 映像は正真正銘動かぬ証拠。しかしこっちはまったく見に覚えがない。その時間帯にこんなところを通った記憶などないのだ。


 さらに警察の追い打ちが続く。


「しかも事件発生時刻に現場近くで君の姿を見たという目撃証言もあってね」


「……はぁ?」


 ありえない話にあたしは思わず反抗的な口調になっていた。


「ちょ、ちょっとまってよ! さっきも言ったけどあたしはカラオケに――」


「こういう場合は友人や家族の証言は証拠にならない場合が多いんだ。親しい間柄だと庇ったりするケースがあるからね」


「そんな……でもッ!」


「だからカラオケ店に確認してみるまで君の疑いは晴れないと思ってくれ」


 あたしは断じて嘘など言っていない。


 ――どこのどいつだ適当なこと言ったヤツは!!


 助けを求めるようにして郡山先生の方を見ても、先生はこいつならやりかねないなみたいな目であたしを見ていた。


 ――何よ! 先生ってこういうときって生徒の味方するもんでしょが!!


「それじゃあ次の生徒に移りましょう」


 あたしの不安をよそに警察は淡々と事を進めるのだった。

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