第32話 淫靡なレッスンに耐えられない



「じゃあ伊万里いまり、舌を出して」



「はい。あーん」



 麻沙美まさみ先輩に言われるがまま舌を出す伊万里先輩。

 その姿はあまりにも扇情的で、見続けていると色々とマズいことになりそうだったため目を背ける。



「よし、じゃあそのまま藤馬君の口に挿し入れるんだ」



「ん……」



 半目を開け、舌の上に氷を乗せた伊万里先輩の顔がどんどんと近づいてくる。



(エロ過ぎだよ伊万里先輩……)



 伊万里先輩は美人だが幼さを少し残したような可愛さも持ち合わせている。

 しかし、今の彼女は妖艶さをムンムンと放つ大人の女性のようであった。



「じゃあ、入れるよ……」



(麻沙美先輩は変なアテレコしないでください!)



「っ!?」



 心の中でツッコミを入れた直後、先輩の舌が僕の口内に侵入してきた。

 ヒンヤリとしつつも柔らかな感触が、僕の下唇と歯茎の間に差し込まれる。



「ん……、ちゅ……」



「おおお! いいぞ伊万里、その調子だ!」



 麻沙美先輩の実況のお陰で雰囲気などは全くないが、僕の思考回路はショート寸前である。



「っ!? っ! っっっっ!?」



 氷を押し付けられた歯茎の上を、伊万里先輩の熱い舌がゆっくりと往復する。

 ザラザラとした舌の感触が歯茎を撫でるたび、全身からどんどんと力が抜けていくようであった。



「っふぅ……」



 氷が完全に解けきり、ようやく伊万里先輩の口撃から解放される。

 時間にすれば10秒にも満たないハズだが、僕の感覚では倍以上に感じられた気がした。



「よしよし、じゃあ今の調子で、今度は舌と舌で氷を解かそうか。藤馬君も、ちゃんと協力するんだよ?」



「ふぇ!?」



 快感の余韻のせいで舌が回らず、変な声を出してしまう。



「わかりました。あーん」



 残念ながら、伊万里先輩は止まる様子がない。

 そして僕は足腰が立たなくなっているので、逃げることもできない。



「ん……、ちゅ……」



 再び僕の口内に伊万里先輩の舌が差し込まれる。

 今度は氷が舌の上に転がされ、それを追うように舌が奥へと進んでくる。



「っっっっっっ!!」



 柔らかくて熱い伊万里先輩の舌が、絡みつくように舌全体を這っていく。

 それは僕の脳裏に、タコの足が絡み合うようなイメージ映像を見せた。



(こ、これは、マジでヤバイ……!)



 僕は残された力を振り絞り、伊万里先輩のことを突き飛ばす。

 その際、胸に触れてしまったような気がするが、感触などについてはほとんど頭に入って来なかった。



「す、すいませんが、ギ、ギブアップです。これは、僕には早いです……」



 情けない話だが、本当にこれ以上は限界であった。

 攻め返そうにも、それをするとどんどん状況が悪くなるこのキスは、僕の許容量を完全にオーバーしていた。



「……藤馬君がそう言うのであれば、仕方ありませんね」



「えぇ~、つまんない~」



 つまんないじゃないですよ!

 僕にとっては死活問題なんです!



「じゃあさ、私の分で最後ってことにしよう!」



「駄目です! 朝のを含めたら同じ数でしょう!?」



「……ちぇ、せっかく技巧を凝らした最高のキッスをお見舞いしようと思ったのに」



 その発言を聞いて思わず生唾を飲み込んでしまったが、これ以上は本当にヤバイのでダメだ。

 こんな所で色々な尊厳を失うワケにはいかない。



「お二人とも、今度こそ純粋にカラオケを楽しみましょう。ほらほら、マイクを持って!」



「ほほう、じゃあせっかくなので、私はコッチのマイクを……」



「もう下ネタはいいですから!」





 その後僕達は、なんだかんだと2時間ほどカラオケを楽しんでから店をでた。



「あ~、楽しかった! それじゃあ二人とも、私はコッチだから、また明日!」



「お疲れさまです。また明日!」



 麻沙美先輩と別れた僕達は、なんとなく無言のまま帰り道を歩く。



「「……」」



 なんだろう。何故だか妙に気まずい感じがする。

 やはりさっきのキスが原因だろうか?



「……あの」



「はい! なんでしょうか!」



 そんなことを考えていると、先輩の方から急に声がかかる。

 僕はビックリして思わず大きな声で返事をしてしまった。



「……さっきのキスのことなんですけど……」



(ゴクリ……)



 今日はよく生唾を飲み込むな……



「すみませんでした」



「……? なんで伊万里先輩が謝るんですか?」



「だって、その、私ったら気持ちよくてつい、興奮して、はしたなかったというか……」



「そ、そんな! はしたないなんてとんでもない! アレは僕に堪え性が無かっただけで……」



 僕だって別に気持ち良いことが嫌いなワケじゃないし、大好きな先輩とのキスなんだからずっと続けていたい気持ちはあった。

 ただ、僕にはまだああいったことに耐性が無いらしく、体の方がもたなかっただけである。



「それは、イヤではなかったってことですか?」



「もちろん! 伊万里先輩とのキスが嫌だなんてことは絶対ありません!」



 むしろ大歓迎である。……大人のでなければ。



「それじゃあ、また今度、二人だけの時に、しましょうね♪」



 そう言って照れ臭そうに笑う伊万里先輩は、お世辞抜きでこの世の誰よりも可愛く見えた。

 こんな顔でそんなこと言われたら、断れるハズなんてなかった……



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