第30話 火花を散らす二人



 あっという間の出来事であった。

 僕はほとんど抵抗もできず、あっさりと唇を奪われてしまった。

 しかも……



「っ!? んっ!? ………っっっ!?」



 これは紛れもなく大人のキスというヤツである。

 抵抗しようと唇を閉ざそうとするが、既に侵入された舌を刺激するだけでかえってマズいことになる。

 舌で押し返そうとしてみるも、麻沙美まさみ先輩は巧みな舌使いでそれを回避してくる。

 藻掻けば藻掻くほど、麻沙美先輩の思うつぼになりそうであった。



「藤馬君!」



 弛緩しかけていた僕の体を、伊万里いまり先輩が強引に引き剥がしにかかる。

 それでも麻沙美先輩は吸い付くように追ってきたが、流石に吸引力だけで腕の力に勝つことはできなかったようだ。

 ちゅぽん、という音とともに、僕の唇は解放される。



「麻沙美先輩……、なんてことをするんですか!?」



「だって……、伊万里が抜け駆けするのがいけないんだろぅ……」



「そんな拗ねたような態度とってもダメですからね!? 私達はまだ、そんなキスしてないんですよ!?」



 僕と伊万里先輩がしたのは、唇と唇を合わせるだけの軽いキスだ。

 さっきみたいな、舌を入れるような大人のキスは決してしていない。



「そうか。じゃあ、初ディープキスは私が頂いたということだね?」



「っっ!? そ、そんなの、すぐ上書きします!」



 そう言って、今度は伊万里先輩の唇が迫ってくる。

 少々呆然としていた僕も、流石にそこで意識を持ち直す。



「ストップです伊万里先輩! これ以上こんな所でそういうことするのは勘弁してください!」



 流石に警察までは呼ばれないだろうが、学校に苦情くらいは入りかねない。

 そうなれば、僕達の立場は途端に危うくなってしまう。



「そうだね。私も厳重注意を受けてる身だし、これ以上はやめておくとするよ。伊万里も私と同じになりたくなければ、やめておくことだね」



 厳重注意を受けてる身って……、初耳なんですけど……

 いや、麻沙美先輩ならそのくらい受けてても不思議じゃないんだけど、それって下手すりゃ僕達もマークされかねないってことなんじゃ……



「くっ……、わかりました。私も藤馬君とイチャイチャできなくなるのは本意ではありません。……ですが、この借りは必ず返しますよ……!」



「望むところだ。放課後を楽しみにしているよ」



 そう言って麻沙美先輩は先に行ってしまった。


 ……僕は放課後、二人から逃げることを心に決めた。





 ◇





 ――そして放課後。

 僕は終礼と同時にダッシュで教室を出ようとする。



「ちょ、待てよ」



 そんなどこかで聞いたフレーズで僕の襟首を掴んで引き留めたのは、僕の数少ない友人である永田 利紀ながた としのりだ。



「永田、悪いが今日はお前に構っている暇はないんだ」



「そう言うなよ。俺達、友達だろ?」



「今ばかりは、それを疑問に思っているところだよ」



 何故永田は今日このタイミングで俺を止めたりしたのか?

 決まっている……! この男には、麻沙美先輩の息がかかっているからだ!



「おいおい、友達に対してそれは酷いんじゃないか?」



「友達を売ろうとしているお前に言われたくないわ!」



 なんとか強引に腕を引き剥がそうとするが、腕力で僕は永田に敵わない。

 そうこうしているウチに、他のクラスメート達も僕を取り囲むように迫ってきていた。



「くっ……、お前達、まさか、全員麻沙美先輩の……」



 僕を取り囲んでいるのは、主に女子が中心だ。

 恐らく、全員が麻沙美先輩のファンクラブ会員なのだろう……



「諦めなさい藤馬君。貴方がこの包囲網を抜けようとすれば、私達は全員、貴方に体を触られたと先生に訴えるつもりよ」



「や、やり方が汚いぞ!?」



「なんとでも言いなさい。私達も本意ではないけど、麻沙美先輩のお願いは絶対なの」



 酷い、酷すぎるぞ麻沙美先輩! ファンクラブの会員をこんな使い方するなんて!



「ちなみに、今回の依頼は初瀬先輩からのお願いでもあるらしいので、そこは誤解しないように」



「そ、そんな!」



 ガックリと膝から力が抜け、僕は自席に座り直してしまう。

 どうやら僕の行動は、最初から二人にバレバレだったようである……



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る