第29話 一瞬で奪われてしまう



 ああ、なんて新鮮な朝なのだろうか。

 いつもと変わらない朝であるはずなのに、こうも気分が違うとは思いもしなかった。

 それもこれも、全ては昨日のアレのお陰だろう。



「やあ、おはよう藤馬君!」



「おはようございます。麻沙美まさみ先輩」



「……むむ? なんだか今日はやけに爽やかだね?」



 鋭い返しに一瞬ビクッとなる。



「や、やだなぁ、そんなことありませんよ~」



「そうは見えないけど……」



 なんとか否定してみるも、麻沙美先輩は完全に疑るモードに入ってしまったようだ

 たった一言の挨拶で何やら勘付くあたり、やはり麻沙美先輩は侮れない。



「おはようございます♪ 藤馬君、麻沙美先輩♪」



 僕が油断しないよう気を引き締めていると、明らかにご機嫌な伊万里いまり先輩が合流してくる。

 これでは僕が気を引き締めた意味が無い。



「やあ、伊万里。ご機嫌そうだね? 何かあったのかな?」



「えっ!? な、なにもありませんですよ!?」



(せ、先輩! その反応じゃ明らかに何かあったって言ってるようなもんですよ!)



 まさか、先輩がここまでわかりやすいとは……

 いや、ひょっとしたら、僕もこんなだったのだろうか?

 マズいぞ……。これではバレるのも時間の問題だ……



「成程、成程……。その様子じゃ、昨日私がいない間に、何かあったようだね?」



「「っ!?」」



 時間の問題というか、一瞬で見破られてしまった。



「な、なんのことでしょう? 変な言いがかりはよしてくれませんか?」



「別に、言いがかりをつけているワケじゃないだろう? そうだなぁ……、じゃあ、いくつか質問をさせてもらおうかな?」



 これはマズい! 誘導尋問というヤツだ!

 恐らく僕達では、そのいくつかの質問とやらを乗り切れない!



「ま、麻沙美! 駄目です! 僕達は質問なんて聞きませんよ!」



「なんでだい? 君達にやましいことがなければ、私がいくら質問したところで問題ないハズだけど? なあ伊万里?」



「べ、別に質問くらい大丈夫ですよ? やましいことなんて、何もありませんし?」



「ちょ!? 伊万里先輩!? なにあっさり挑発に乗っかっちゃってるんですか!?」



「だ、だって! アレは別にやましいことなんかじゃありませんよ!?」



 いや、僕だって別にやましいことなんて思ってないけど、これは明らかに策略じゃないですか!



「そうそう。やましくないなら何も問題はない。それで、君達は一線を越えてしまったのかな?」



「「んな!?」」



 この人は、いきなり踏み込んできますね!?



「何を言っているんですか麻沙美先輩! 僕達、まだ高校生ですよ!?」



「藤馬君こそ、何を言っているんだい? 今時、高校生どころか中学生だって、そんなことは珍しいことじゃないよ?」



 そうなの!? 今の世の中って、そんなに乱れてるの!?



「そ、そうなのですか? そうだとしたら……、ゴクリ」



「伊万里先輩!? なに生唾飲み込んでいるんですか!? 騙されないで下さい! そんなワケないじゃないですか! 流石に世の中そこまで乱れていませんよ!」



 乱れて……、ないよね!?



「ん~、まあ、みんながみんなヤリまくってるってことはないだろうけど、そういうケースは間違いなく増えているよ? 今時、そんな情報はいくらでも仕入れられるからね。そういう知識が豊富な青少年達は確実に増えているよ」



 そ、そう言われると、確かに否定できないものがある。

 パソコンやスマホにはフィルタをかけることができるけど、そんなことはしないという親も少なくはないのだ。

 僕のスマホにだってそんなフィルタはかけられていないし、見ようと思えば、その、色々と見ることはできてしまう。



「まあ、その反応を見る限りじゃ、そういったことはなかったようだけどね。しかしそうなるとアレか。君達、ついにファーストキスをしたのかな?」



「「っっっ!?」」



「おう、ビンゴっぽいね」



 あっという間にバレてしまったぞ!?

 僕が言えたことではないけど、伊万里先輩もわかり易すぎでしょう!?



「そうかいそうかい。それならまだ、取り返しはつきそうで安心したよ」



「なっ! どういう意味ですか!? 私と藤馬くんは、昨日たっぷりと100回以上キスをしたんですからね!?」



「ちょっ!? 先輩!? なんてことを大声で言ってるんですか!?」



 周囲から殺意と生暖かい視線が僕達に突き刺さる。

 これ、本当にマズくないですか!?



「し、失礼しました! 100回は言い過ぎだったかもしれませんね……?」



「いや、そういう問題じゃあないですよ!?」



「そうそう回数は問題じゃない。初めてかそうでないかも、ね。問題なのは、質だよ」



 その言葉とともに、麻沙美先輩が一瞬で僕の目の前に移動する。

 ヤバイ、と思った瞬間には、僕の唇は奪われた後だった……



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