第28話 カラオケで初めての……



 来てしまった……

 いや、ただのカラオケになんだけどね? なんだけどさ……



(さっきの会話さえなければ、僕も純粋にカラオケを楽しめたんだろうけどなぁ……)



藤馬とうま君は、カラオケによく来るんですか?」



「よくって程では……。時々友達に誘われて来るくらいですね」



「私もです。……それじゃあ、早速ですが――」



 ゴクリ、と唾を飲みこんでしまう。

 一体、何をされてしまうのだろうか……



「歌いましょうか!」



「っ!? そ、そうですね! カラオケですもんね!」



 恥ずかしい! 僕はナニを考えていたんだ!

 カラオケなんだから、まずは歌うのが普通じゃないか……

 これじゃまるで、密かに期待してたみたいだろ!?



「じゃあ、私から失礼しますね」



 そう言って、伊万里いまり先輩は電子端末を操作して曲を入れる。

 スクリーンに表示されたタイトルは、僕でも知っているシンガーの代表曲であった。



(……なんと言うか、普通に上手いな)



 伊万里先輩の歌は、物凄い上手というワケではないのだけど、カラオケ的には中々上手と言っていいくらいのレベルだった。

 女の子の可愛らしい部分も加味すれば、聞いてて心地良い部類に入るだろう(贔屓目も入っているけど)。



「凄く良かったです! 伊万里先輩は歌も上手なんですね!」



「お、お粗末さまでした。そう言ってくれると嬉しいですね……」



 うーん、またしても先輩の凄い所を見つけてしまった感がある。

 僕の彼女って、完璧過ぎない?



「実は、最初はもっと下手だったんですよ。練習してやっとこのくらい歌えるようになったんです……」



 伊万里先輩は少し恥ずかしそうにしながら、そんなことを言ってくる。

 僕から見ればその方がむしろ可愛らしいっていうか……、今の仕草も超可愛いので悶絶だ。



「練習してそれだけ歌えるのなら十分ですよ。なんだか、僕が歌うの恥ずかしくなってきちゃうな……」



 人前で歌うのは初めてではないが、伊万里先輩相手だと思うとやっぱり緊張してしまう。

 下手だと言われたことはないけど、変に思われないか物凄く心配だ。

 僕はとりあえず、無難なアーティストの定番曲をチョイスし、送信する。



「あ、この曲は私も知ってますね」



 うん。逆に知らないと言われたらどうしようと思うレベルの曲だしね。

 これなら僕もほとんど歌詞を憶えているし、大失敗はしないハズ……



(だったんだけど、ヤバイ! なんか声が震える!)



 いざ歌い始めると、何も意識してないはずなのに声が震えてしまった。

 だんだんに涙目になってくるし、これは相当に恥ずかしい。


 なんとか間違えはせずに歌い終わったものの、気まずくて伊万里先輩の方を見れないでいる。



(流石に、気づかれたよね……)



 歌い声は明らかに鼻声になってたし、目なんて涙が零れる寸前になっている。

 これで気づかない人は流石にいないだろう……



「……藤馬君」



「は、はい」



 音楽が流れ終わり、曲が完全に停止してから、伊万里先輩が声をかけてくる。

 僕は袖で涙を拭いつつ、鼻声にならないよう意識しながら返事をした。

 それとほぼ同時に、僕は抱きしめられていた。



「藤馬君! 藤馬君! もう! もう! 可愛すぎです! そんなの反則ですよ! 暫くはカラオケを楽しもうと思っていたのに、こんなの我慢できるワケないじゃないですか!」



「せ、先輩!? く、くるし、ぶふっ!」



 伊万里先輩の豊満で柔らかな胸に顔を挟まれ、幸せで息ができない!

 自分でも良くわからない状態だけど、これで死んだとしても本望かもしれなかった。



「藤馬君、さっきも言いましたが、私は藤馬君の1番だという自信が欲しいのです。その証として、私の初めてを全部藤馬君に貰って欲しいのですよ」



「っ!?」



 は、初めてを貰って欲しいって、それって、まさか!?



「でも、いきなり全部をあげてしまうのはちょっと情緒的にアレですので、やっぱり最初は、キスがしたいです。いいですか?」



 伊万里先輩は僕の頭を解放し、今度は潤んだ瞳で見つめながらそう言ってくる。

 こんなの、断れるはずがなかった。



「も、もちろん、いいですよ。あっ! でも、その、エッチなのは、できればなしで、お願いします……」



「わかりました」



 そう答えたと同時に、僕の唇は奪われていた。

 完全に主導権を握られていて、情けないとは自分でも思うのだけど、そんなことを気にしていられないくらいに頭がポッポになっている。

 伊万里先輩はそのまま、何度も何度も、小鳥が餌をついばむように触れるだけのキスを繰り返す。

 僕もなんとかそれに応えるよう顔を動かしてみたけど、今度は僕の方が小鳥になったような気分になったため、途中で動くのをやめてしまった。


 結局、僕達はたっぷりと30分以上、そのままの体勢でキスをし続けたのであった。



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