第26話 中々にインパクトのあるお父さん



「あらアナタ、お帰りなさい♪」



 明らかに修羅場と言える状況なのに、小鞠こまりさんにはまるで動じた様子がない。

 それどころか、その態度には余裕さえ感じられる。



「あ、ああ……、ってそうじゃなくて! これは一体全体なんでこんなことになっているんだい!? まさか、そういうお店のデリバリーか何かかな!?」



 ちょ!? この人はこの人ですっごい発想なんですけど!?



「お、落ち着いてください! 多分そんな店はありませんよ!?」



 一人暮らしの女性に対し男性を派遣するサービスなんて、流石に危険すぎて存在しないだろう。



「っ!? そうだね、あるはずないよね! え、じゃあ、君は一体誰なんだい? なんで僕の妻の足を舐めているんだい?」



「舐めてませんよ!?」



 構図だけ見れば、そういった行為に見えなくもないだろうけど、少なくとも僕はまだ舐めてなんかいない。

 想像だけで状況を悪化させないで欲しい。



「そうよアナタ? 藤馬とうま君には、これからマッサージをして貰おうとしていただけだもの」



 ナイスフォロー? です小鞠さん!



「せ、性感マッサージかい!?」



「ぶっ!? 違いますよ!? 頼むから落ち着いてください!」



 この人、想像力が豊か過ぎるというか、突飛過ぎやしないかな!?



「お、落ち着けって……。愛しの我が妻が、ショタっ子に性的なマッサージをされそうになっているっていうのに、落ち着いていられるワケ……、んん? 小鞠さん、今、藤馬君と言ったかい?」



「ええ。この子が伊万里のステディ、藤馬君よ♪」



 お、おお、なんとか誤解が解けそうな雰囲気に……



「伊万里のステディがショタっ子で、何故か妻に性感マッサージを施そうとしている……?」



「なんでそうなるんですか!? っていうかショタっ子っていうのもやめて貰えませんか!?」



「お、落ち着いて! 流石に今のは冗談だよ!」



 冗談に聞こえない冗談はタチが悪いと思いますよ!?





 ………………………………



 ……………………



 ……………





「成程。事情はわかった。いやぁ、僕は小鞠さんのことを信じていましたとも」



 どの口が言うんだと思ったが、一々ツッコむ体力は残っていなかった。



「改めまして、私は伊万里の父で、初瀬 博隆はつせ ひろたかと言います。よろしく、藤馬君」



「と、藤馬 優季とうま ゆうきです。宜しくお願いします」



 差し出された手を握り返し、一応こちらからも自己紹介を返す。

 すると、握った手を引き込まれ、自然と博隆さんの顔がアップになった。



「それで、娘とは現在、どこまでいっているのかな?」



「そ、それは……」



 正直、説明が難しいぞ……

 そういった方面の進行度で言えば、僕達はまだキスすらしていない仲なのだが、他の見かたをするとそれ以上とも言える。

 かと言って、「キスはまだですが、指や耳をしゃぶられたりはしています」などとは口が裂けても言えない。



「まだ手を繋いだくらいの関係みたいよ?」



 僕が返答に窮していると、小鞠さんの方から再びフォローが入った。

 さっきからナイスフォローをしてくれる小鞠さんに感謝である。



「そうか……。プラトニックな関係ということだね。安心したよ」



 その言葉になんだか罪悪感を感じてしまうが、嘘は言っていないし、笑って誤魔化しておく。



(これ以上僕が何かを言うとボロが出そうだし、ここは黙っておくことにしよう……)



 博隆さんは満足したのか、ようやく僕の手を解放してくれる。

 自分の手汗が少し気になったが、ここで手を拭くと誤解を招きそうなので我慢する。



「それで、マッサージの特訓をしているということだったね。なんだか邪魔してしまったようで申し訳ない」



「い、いえ、それは大丈夫です」



 タイミングが良かったので提案したけど、相手は何も小鞠さんである必要はないのだ。

 帰って母さん達に試せばいいだけの話である。



「ぜひこのまま続けて、と言いたいところだけど、僕も流石に目の前で妻がマッサージされるのを見るのはちょっと……。なので提案なんだが、僕にマッサージをしてみるというのはどうだろうか?」



 ええええぇぇぇぇぇ!?

 僕が、博隆さんの足を、マッサージ……?

 それって、なんか、こう、少し抵抗があるかも……



「アナタ、それは誰得というんですよ? 藤馬君、今日は邪魔も入ってしまったし、お開きにしましょうか」



 またしてもナイスフォローを入れてくる小鞠さん。

 いや~、確かに誰も得はしないですもんね!

 それはともかくとして、ここは小鞠さんのフォローに乗っかっておくことにしよう!



「は、はい! そうしましょう!」



 僕は手早く帰る準備を済まし、頭を下げてから素早く玄関へ向かう。

 そんな僕を、後ろから追いかけて来た小鞠さんが呼び止める。



「藤馬君、忘れものよ。今日の目的は、コレだったでしょ?」



 そう言って小鞠さんは、借りる予定だったマッサージの本を手渡してくれる。



「あ、ありがとうございます。それでは、本日はお邪魔し……」



 ましたと言おうとした僕の言葉を遮るように、小鞠さんの顔が急接近する。

 そして――



「続きは、また今度しましょうね♪」



 耳元でそう呟くのであった……




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