「ピン留めの恋」




 ぼくの学校には高見(たかみ)先生という科学の先生がいる。

 先生は、いつもほとんど資料室にいる。

 先生はそこに、私物をたくさん置いている。そのほとんどが虫に関するものだ。

 聞いた話では先生は、国内でも有数の昆虫研究者らしい。科学雑誌にいくつも論文を出し、賞をもらったこともあるとか。

 でも、見た限りではてんで冴えないただのおじさんだ。

 気むずかしくて口うるさい。何かというとチュッチュ舌を鳴らすくせがある。背が低くてやせていて、猫背気味で、頭が薄くなっていて、前歯がちょっと出ている。

 全体から見てなんとなく、ネズミみたいな印象。

 だからあだ名は『チュー先生』。

 このあだ名を考えたのは、ぼくら生徒じゃない。体育担当の鬼沢(おにさわ)先生だ。ことあるごとに高見先生をそう呼んでいる。

 多分鬼沢先生は頭があんまり良くないから(ぼくらでも分かる漢字をよく読み間違える)高見先生をけむったく思い嫌ってるんだろう。

 もっとも高見先生の側も鬼沢先生を、それ以上に嫌っていた。鬼沢先生が近くに来ると、あからさまに嫌なそうな顔をしていたから。

 でも高見先生は基本鬼沢先生に直接何か言うと言うことはなかった。鬼沢先生と来たら、名は体を表すということわざ通り、体が大きくて強かったから。

 そんな折り、ぼくらの学校に佐々木(ささき)という女の先生が赴任してきた。

 まだ教師になりたての、若くてかわいらしい先生だった。

 子供っぽいふざけかたをする人で、ぼくは、いまいち軽い人だなという印象を受けた。

 だけど鬼沢先生はこの佐々木先生がたちまち好きになったようで、先輩教師としてあれこれ世話を焼いていた。

 高見先生もまたそうで、何彼となく頼みごとを聞いていた。

 で、最終的に佐々木先生が好きになったのは……鬼沢先生の方だった。 多分、そっちのほうを頼もしく思ったんだろう。言っちゃ何だが高見先生にお願いしたところで、騒ぐ生徒は押さえられないし。

 あっけなく恋破れた高見先生は気落ちのあまり、猫背に拍車がかかってきた。これまで以上に資料室にこもるようになってきた。

 それだけなら、まあ、それでよかったのだ。そこで終わる話だったのだ。

 だけど佐々木先生はどうも、付き合う相手に影響されやすい人みたいで――ここからは又聞きになるのだけど――鬼沢先生と一緒になって高見先生にいたずらをしたらしい。

 学生の間でもよくやる、告白ドッキリ。『これこれの時間にこれこれへ来てください、大事なお話がありますから』という言葉につられて出てきた奴を皆で見て笑うという、趣味の悪い遊び。

 そのことで高見先生は随分傷ついたようで、一週間ほど学校に出てこなかった。

 さすがに悪かったと思ったのか、鬼沢先生と佐々木先生がわびに行った――こちらはまた聞きじゃない。ぼく自身が偶然、二人が話しているのを聞いたのだ。

 そして翌日から、鬼沢先生と佐々木先生は、学校に姿を見せなくなった。

 その代わり、高見先生が学校に戻ってきた。以前とちっとも変わらない様子で。

 いや、一つ変わったところがあった独り言がやたら多くなったのだ。

 ぼくは鬼沢先生と佐々木先生がどうなったのか気になった。高見先生なら知っているだろうから聞いてみようと、資料室に行った。

 だけど先生は、何か用事があったのか、その部屋にいなかった。

 先生が使っているデスクに、蝶の標本箱が乗っていた。

 ぼくは、箱の中を覗いてみた。

 そうしたらそこには、虫ほどの大きさに縮まった佐々木先生と鬼沢先生がいた。

 二人とも、手足と心臓を虫ピンで縫い止められていた。

 佐々木先生はあおむけの姿勢で、鬼沢先生はうつぶせの姿勢で……。




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