「鏡写しのオレとオレ」
とあるところにぱっとしない人生を送る、夢見がちな男がいました。
男はいわゆる怠け者で、勤労意欲があまりないほう。
食べていくためにはなにかしら稼がなくてはならないから、仕方無しに働いていますが、それが厭で厭でたまりません。
ああ、どうにか働かないで生きていく方法はないかなあと常から思い続けていました。
そんなある日、洗面所で男が髭をそっていると、鏡の中の男がいきなり呼びかけてきました。
「おい、元気か、オレ」
その日以降鏡の中の男は、ひっきりなし男へ話しかけてくるようになりました。
最初は気味悪く思っていた男も、相手が自分の愚痴を聞いてくれたり慰めてくれたりするので、だんだん親しみを持つようになりました。
そのまま二月ばかり過ぎたころ、鏡の中の男は男に、こんな申し出をしてきました。
「お前、そんなに今の生活がいやなら、一度オレと入れ替わってみないか? 鏡の中にいれば、ずっと働かないですむぞ」
願ってもない提案です。
男は、鏡の中の男に、そうしてみてもいいと答えました。
「よし、じゃあ交換だ」
鏡の中の男はそう言って、鏡の中からいなくなりました。
そのままいくら待っても戻ってきません。
待ちくたびれた男は、自分も洗面所から出て行こうとしました。
しかし、出られません。鏡に映っている範囲外の空間には、どうしても。
男はそこで始めて、自分のほうが鏡の中にいることに気づきました。
不思議なことに喉は渇かず、腹もすきません。
そのまま夕方になって、夜になります。
鏡の中の男が洗面所に戻ってきました。
「おい、仕事って楽しいな。部長だか課長だかに、今日は人が違ったようだなって褒められたぜ。同僚から飲みに誘われてな、かわいい女の子と話して」
自分がいっぺんも経験したことのない事柄を聞かされ、男はなんだか面白くない気分になりました。
「そうかい、よかったな。じゃあ、もとに戻してくれよ。ここは思ったよりはるかに退屈なんだ」
鏡の中の男はにっこりし、金槌を持ち出しました。
「あいにくオレは戻る気はないよ。お前はずっとそこにいてくれ」
男があっと叫ぶ暇もないくらい早く、金槌が鏡を叩き割りました。
鏡の中の男だった男は割れた鏡の破片を丁寧に片付け、ゴミ袋に入れました。そして言いました。
「さて、明日早速新しい鏡を買ってくるかな」
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