「地図にないところ」
「ほらあ、あかんかったやんかあ……あの道で正しかったんやってぇ。袋小路やんここ」
運転席の女が半眼で言うは、運転席の隣にいる男。
道を間違えた。
この男。そう、この男が、いらんこと「カーナビじゃなくて地図を使って、目的地に行ってみよう。たまにはアナログ手法を使うのも面白いじゃないか」なんて言い出すものだから。
「しかしなあ、地図によればここで正しいのだぞ」
「ああそうかい。どうせ逆さにでも見てたんやろ」
首をかしげている男はもうほったらかしておいて、再度カーナビに案内を任せる。
ええと、この道を通って、向こうの信号を曲がって、左に行けば、国道に出るはず。カーナビがそう言っているんだから間違いない。こいつは賢い。隣にいるこの男なんかよりずっと。
「なあ、一つ聞きたいことがあるのだが」
「なんや。もう道のことは聞かへんで。あんたの言うこと聞いていたら、日が暮れてまうわ」
「しかしなあ」
「ああもうやかまし。なんやねんなほんまにぃー」
うるさそうに横目を向ける女。
やはり地図をしげしげ眺めていた男は、自信にあふれた様子で言った
「あのな、おれたち今、地図にないところを走ってる」
「はあ? 何言うてん。その地図が古いんと違うのん」
「いや、最新号だ。おれたちはな、表記されてないところを走っている。周りを見てみろ」
「はあ?」
疑わしさ満載の女は、とりあえず、男が指し示している方向を眺めた。
その瞬間急ブレーキをかける。力一杯。
誰かをはねることはなかったし、後ろから追突されることもなかった。
周りはいつの間にか、一面の赤っぽい大地。そして青い空。
それ以外になにもない。道ももちろんない。
鳩が豆鉄砲食らったような顔で、女は、ぽかんとする。
「え? あ? ほぁ?」
そんな阿呆な。
脳みそをフル回転させて、考えて考えた挙句に、女はぽんと手を打って、こういう決断を下した。
「そうか。わかった。これは夢や。うち、居眠りしてもうてんやなー、危ない危ない、はよう起きんと……」
「現実逃避か。使い古された手だな」
「それ以外にどうしようがあんねん! ああもういやや、ウチいやや~~~~こういうのほんまいやなんや~~」
そうは言いつつも女は、とりあえず、一人でないことにほっとはしていた。こんな馬鹿な男でも、おらんよりはましや。枯れ木も山の賑わい。
しかし……ああ、でもどうしよう。
自分達はいつから世にも奇妙な物語の主人公になったのか。
「ひとまず戻ろう」
「どうやって戻るんか、わからへんちゅうに! 道さえないんやで! ……いつのまにかカーナビ画面も真っ白やし……助けて神様。ほんま頼んますう」
嘆く女に男は自信たっぷりな顔で言った。
「道なんか、作ればいい」
「は?」
ポケットから安物のボールペンを取り出して、地図の白紙の場所に線を一本引く。
「ち、ちょい、なにしてん」
言い終わらないうちに、いきなり目の前に、一本の道が現れた。
女は心底感動した口調で、男を褒めた。
「……あんた、頭ええなあ!」
そんなこと滅多にないことなので、男は、大意張りに身をそらす。
「やっと分かったか。おれの価値が」
「ああ、分かった分かった。今夜はすき焼きにしたるからな!」
一気に気力を回復した女はアクセルを踏んだ。
が、いきなりぷすんと止まってしまう。
「……ガス欠や……すまん、それちょいと貸して」
「うむ」
女は借りたボールペンでさらさらと、道の横に白紙の四角いしるしを書く。しるしの横に矢印をつけて、ガソリンスタンドと言う説明を加える。
とたんにガソリンスタンドが、真横に現れた。
店員が元気よく挨拶してくる。
「いらっしゃいませーっ」
「あーあ……なんかかどっと疲れたわ」
そのままどうにかこうにか、家まで帰ってきた女は、ふーっとため息をついた。
一体さっきのはなんだったのか。
考えれば考えるほど、どうにも気持ち悪い。明日あたり、近所の神社へお払いにでも行こうか。
そんなことを考えながら、ソファを見やると、男がまたも地図帳を広げていた。
「ちょっと、なんやのもう。やめやそれ見るの。また変なこと起きたらいややさかい」
「変なことって、何だ?」
「何て、さっきの……」
「さっき、なにかあったか?」
男があまり怪訝な顔をするから、女は、言葉に詰まってしまう。
「いや、その地図の白紙のページがやな……」
「この地図に白紙のページなんかないぞ。確かめてみるか?」
借りてみたら、確かにそんなページ、どこにもなかった。
その代わり、最後のページに、紙切れが一枚挟み込まれていた。
それには、こう書かれていた。
「ホソウドウロヒトツ。
ガソリンスタンドヒトツ。
ニンゲンムッツ。
タシカニイタダキマシタ。
アリガタクオイシクイタダキマス。
ヨッテ、ニンゲンフタツ
クルマヒトツ
カエッテイイデス」
テレビ画面から以下の言葉が流れ始めた。
「今、臨時ニュースが入りました。首都近郊から国道とガソリンスタンドが、突然、まるでなにもなかったように、消えてしまいました……」
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