「ちょっと通らせてくださいね」
スマホ片手にベッドへ寝そべっているのは、高安法子(たかやすのりこ)。あだ名は、名前の一字を取ってホーちゃん。
時刻はもう夜。
「そーなのよー。あいつそう言ったのー。なんかひどくない?」
「ひどーい。最悪だよねー」
クラスの友達との割とどうでもいいような話を終え、電話を切る。
時刻は8時。
まだまだ寝る時間じゃない。
といって、勉強する気にもあまりならない。
「んー……ひまっ……」
こういう時はお決まりの、動画鑑賞。今話題のバズってる奴を次から次へ見て回る。
――突然携帯電話が鳴った。
さっきの友達がまたかけてきたのかな? と思って画面を見たが、番号は出ていない。非通知。
なんだかあやしいな。そう思った法子は電話をとらなかった。
電話が切れた。
直後メールが来た。
まるで覚えのないメールアドレスだ。
件名は『重要! 交通渋滞情報』
詐欺メールだと思いはしたものの、なんだか興味をそそられるタイトル。
送付ファイルさえ開かなければ大丈夫だろう。
そう考えて法子は、メールを開いた。
文面はこうだった。
『そちら様のお部屋は本日午後9時大渋滞が予想されます。その時には、なるべくお部屋にいないようにしていてください。』
「何これ、意味わかんない」
法子はさくっとメールを削除した。そしてまたなんということのなく、動画を見始めた。
と、また着信音。見るとまた同じ差出人。
「なに、ちょっと」
『渋滞予測時刻まで後50分です』
「何こいつ……何でまた送ってきてんの」
詐欺メールではなくていたずらなのだろうか。
どこから自分のメールアドレスが漏れたんだろうか。
アドレスを変えようか。
もやもやうだうだ考えながら、動画を見続ける。
その後10分ごとにメールは届き続けた。
無視することに決め込んでいた法子も、段々気味悪くなってきた。
8時50分。
一番後に届いたメールを覗いてみる。
『渋滞予測時刻まであと10分です。メールはこれが最後です。もうすぐそこを通ります』
法子はベッドから起き上がってあたりを見回した。
別に妙な気配など感じない。
階下には家族がいるし、外からは車が通る音が聞こえてくる。通行人の話し声も聞こえる。
いつもどおりの夜。
「……」
法子はそわそわとベッドから降りかけ、止めた。
あやしげなメールを読んだからって、用もないのに部屋から出て行くのは、どうも抵抗があったのだ。
なんだかこう……負けたみたいで。
でも……このまま部屋にいるのもちょっと。
踏ん切りがつかないまま迷い続けるそこに、階下から、母の声。
「法子ー、お風呂入りなさい」
渡りに船とはこのことである。
「あ、うん」
法子はさっと立ち上がり、いつもよりうんと早くお風呂に入るため、部屋を出て行った。
お風呂から彼女が戻って来たのは、9時を25分過ぎてから。
のことであった。
部屋に入る。
もちろん誰もいない。
「ほら、やっぱりいたずらだった」
明るい声で法子は呟き、一つ息を吸って伸びをした。
そしてすっと血の気を引かせた。部屋の床に無数の足跡がついているのに気づいて。
足跡は壁から出てきて部屋を横切り、向かいの壁のところで消えていた。
法子は震える手でスマホを開く。
メールの着信記録は、なにも残っていなかった。
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