「孔雀ではない何か」









 幼い頃から自然と人間とのふれあいを大切にし、情操教育に役立てよう。という理念の下、桜小学校は兎やら鶏やら孔雀やらモルモットやらを飼育している。

 その世話は生徒間回り持ち。監督をする教師もまた回り持ち。

 今月は、山田るり子先生の番。

 るり子先生は動物が大好き。

 一番お気に入りなのは、孔雀。煌びやかな羽をうわーっと広げた時に出くわすと、その日一日なにかいいことがあるような気がするのだ。

 しかしつい先日、孔雀小屋のすぐ近くにあるウサギ小屋で、問題が起きた。

「あら? ひいふうみい……ひいふうみい……一匹足りないじゃないの」

 先生は早速、世話係になっていた生徒達を問いただした。

「掃除している時に檻をあけっぱなしにしておいたとか、そういうことはない?」

「ないです。ちゃんと檻も締めて掃除していました。鍵だってちゃんとかけて帰りました」

「僕たちが見たときにはちゃんと全部いました」

 生徒たちは、嘘は言っていないようだ。

 するとこれは、事故ではなく事件なのではないか。昨今良くある不審者によるいたずらなのではないだろうか。いやきっとそうに違いない。

 そう決め付けたるり子先生は頼まれもせぬのに学校に泊まりこみ、警戒に当たった。

 しかし不審者は現れなかった。

 それなのに、翌日になったらまたウサギが一匹減っている。

「おかしいわねえ……どこかに穴でも開いてるんじゃないかしら……」

 そのように考えてウサギ小屋の金網から地面から探ってみたのだが、どこも破れたり穴が開けられたりしていない。

「まさしくミステリー……いいえ、この件は絶対私が突き止めてみせるわ! ウサギたちの身に降りかかる危険を、この私が暴き、食い止めてみせる!」

 余談だが先生は推理小説が好きだ。

 ともかく、作戦変更。一晩ウサギ小屋に付きっ切りで様子を見守ることにした。

 昨日眠っていなかった分は昼寝をして取り戻しているので、今夜もばっちり起きていられそうだ――と、思っていたのだが丑三つ時に差しかかろうかというあたりで、ついうとうととし始める。

 そのとき、背後でかさこそと音がした。

 るり子先生は夢か現かと言った具合に、小屋のほうを振り向く。

 何かが動いている。

 ウサギにしては大きいし、形も違う。

 扇形をしているあれには、なにやら見覚えがある。

 ああ、あれはそうだ、孔雀の尾羽ではないか。

 ということは、孔雀がどこからか入り込んでいるということか。

 るり子先生は、慌てて孔雀小屋を確かめた。

 しかし孔雀はいつものように止まり木に留まっている。

 目をパッチリと開いたまま。

 全く動かない。剥製みたい。というか、剥製そのものというか。

 気味悪くなってきたるり子先生は、またウサギ小屋に視線を戻そうとした。そして、はたと気がついた。孔雀に、尾羽がついてないことに。

「……」

 そろりそろりとウサギ小屋のほうに首を向け固まる。

 もそもそやっているのは紛れもない孔雀の尾羽――そう、尾羽だけが動いているのだ。

 丸く広がったままの姿で動き回っているのだ。

 そうしてウサギの上に倒れこみ、包み込んで、もそもそしているのだ。

「……」

 と、突然尾羽が起き上がった。

 るり子先生の方に向いた。

 羽に並んでいるのは、目玉模様ではなくて本当の目玉。

 るり子先生は凝固したまま、にらめっこするしか出来ない。

 ややもして尾羽は慌てたようにかさこそ動き、ウサギ小屋の隙間から抜け出して孔雀小屋まで戻り、孔雀本体の尻にくっついた。

 途端、孔雀が弾かれたように口を開いて、がらがら声を上げた。

「グエーッ!」

「キャー!」

 るり子先生は後も見ず逃げ出した。


 翌朝、孔雀は檻から消えていた。

 そんなわけでウサギは以後、もう減ることはなかった。



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