手の平に乗るホラーショート×10
ニラ畑
「視点を変えると出てきちゃう人」
廊下を走っている彼は笹山拓海(ささやまたくみ)。高校二年生。生徒会の会計係。
下校する段になって、生徒会室に筆箱を置き忘れたことに気づき、急いで取りにいくところ。
「面倒くさいなあ……何で忘れちゃったかな」
一人呟き、階段を登っていく。
外は晴れ。夏の夕方。日はまだまだ落ちず、明るい。運動部の歓声が聞こえてくる。
委員会室の扉を開ける。
いつもの通りそこは広々としていた。
机が整然と並んでいる。
会議が終わっているので、もちろん誰もいない。
筆箱は――あった。やはり机の上に置かれたまま。
拓海は筆箱を取ろうとした。
だが気が急ぎすぎていたせいか、手を滑らせ落とし、机の下にもぐり込ませてしまう。
「あっ。ああ……もう」
腹を立てながら拓海は、机の下にしゃがみこみ、筆箱を掴んだ。
ふとそのままの姿勢で目を上げた時、机の下から少し離れたところに人の足が見えた。
ズボンを履いているから、男子生徒。
拓海は反射的に頭を上げる。
「あれ?」
が、誰もいない。当たり前である。今さっきまで誰もいなかったのだから、いきなり人がわいて出てくるはずがない。
「……」
見間違いだろうか。
そうとしか考えられない。
だって現に誰もいない。それに見たのはほんの瞬きの間。一瞬である。
「……」
拓海はかすかに違和感を感じた。
感じている事を忘れようとして、つい同じ事を試してみたくなった。
ひょいとしゃがみこみ、再び机の下から向こうを覗き見る。まさかね、と呟いて。
しかし事態は彼の思った通りにはならなかった。
また足が見えた。
位置がさっきより近い。
しかも動いた。自分の方に向かい一歩踏み出してきた。
拓海は目を見開いて立ち上がった。その時机に頭をぶつけたが、動揺しているので、そんなことは気にならない。
相変わらず誰もいない。静かな委員会室に、日の光がさんさんと差し込んできているだけである。
「……疲れてるのかな……多分そうだ、うん……」
うわごとのように呟くも、拓海は、自分の言葉を信じていない。
だって今確かに見えたのだ。見間違いというには、あまりにはっきりした映像だった。
ごくりと唾を飲み込んで、額の汗を拭う。
誰もいない委員会室はしんとしている。
外から運動部の歓声が聞こえてくる。
「いや、見間違いだ見間違い。きっとこう、神経質になってるんだよ僕は。多分、いや絶対……ほら、もしかして誰かの悪戯とかなんとかそんな……」
今は昼間じゃないか。こんな時にそんなわけの分からないものが出るなど、在りえない。恐がっていること自体が馬鹿馬鹿しい。やはり見間違いだ。早くここから出よう。
そう思いつつ拓海は、もう一度だけ確かめてみたい衝動に駆られた。
見間違いだと心に言い聞かせ、再びしゃがみこんだ。
背中が総毛立つ。
足が机のすぐそばまで来ていた。すぐそこにあった。
頭の上から声がしてくる。スローモーションの映像についてくるような、もったりもったりした声だった。
「もう止めて置いた方がいいんじゃないですか?」
拓海は立ち上がることが出来なかった。
そのままどのくらい時間が過ぎたか分からないが、ようやっと我にかえったときには、足はいなくなっていた。
真っ青になった彼が誰もいない委員会室からよろけるようにして出て行ったことは、言うまでもない。
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