107話 勇気の答え

 「はぁ……」


 他人の家だとうまく寝れないな。


 夕食を食べ終わり、風呂も入って俺は客間の一室で寝ていた。

 朱音先輩も今日は色々行って疲れたのか、別室ですぐ寝てしまった。


 それにしても大変なことになったな。

 明日の大会で星川が優勝出来なかったら京都に戻るなんて……。

 是が非でも星川には勝ってもらわないと……。

 ってあれ……どうして俺ここまで星川のことを……?


 トントン。


 突然、襖を叩く音が聞こえ、体がビクッとした。


「先輩……起きてます?」


 星川の声。

 こんな夜中にどうしたんだろう。


「寝ている」


「起きてるじゃないですか!」


 軽いボケをかまして俺は起き上がった。


「こんな夜中にどうしたんだよ」


「ちょっと先輩とお話ししたいなと思って」


「そっか、それなら入れよ」


「いえ、今はこのままで」


「ん? あ、ああ」


 襖越しで喋るのか。

 妙だな。

 まあ、すっぴん見られたくないとかそんな理由だろう。


「先輩……さっきはありがとうございました」


「なんのこっちゃ?」


「京都に帰ってくる話を止めてくれて……」


「べ、別に人手がいなくなるのが嫌だっただけながら! 勘違いしないでよね!」


 声を高くしてツンデレヒロインっぽくふざけてみたが……。


「私、嬉しかったです。先輩が私のこと引き止めてくれて」


 いつもみたいに"気持ち悪いです"というきついツッコミが来なかった。

 あれ? おかしいな。


「京都にわざわざ来てくれたのも驚きましたが、それもすごく嬉しかったです。正直、今の先輩にとって私はただの後輩……仕事上だけの関係だと思っていましたから……」


 妙にしおらしいぞ、今日の星川。

 なんか調子狂うな。


「仕事上だけって……みんなで旅行した仲じゃねぇーか」


「その旅行の時も私思っちゃったんです。多分あのメンツの中で私が一番……魅力がないって……だから先輩に一番興味持たれてないんじゃないかって」


「えーー……」


 星川の弱音に戸惑う。

 こんなメンタル弱かったかこいつ。


「そ、そんなことねぇーよ! お前にだって魅力は沢山あるよ」


「例えば?」


「うーん。小悪魔的なところとかJKとかあと貧乳とか……あ! 一番は巫女! 俺、巫女めちゃくちゃ好きなんよ! 今日お前の巫女姿初めて見たけど、めちゃくちゃ魅力的だったぜ!」


 無理して言葉を捻り出した。

 すると……。


「そうですか……でしたら今の先輩にとって私はなんですか?」


「え……」


 なんだこの質問……何だかドキドキすっぞ……。

 俺にとって星川は後輩で、それでいて話し相手で……それで……。


 それ以上うまく言葉が出てこなかった。

 俺の情けない所が出たな。はっきりと気持ちを言えない自分の嫌な部分。

 こうして言葉が出ない俺に星川は小さく溜息をはいた。


「す、すまない……」


 思わず謝る。すると星川は、


「そうですか……でしたら」


 襖を開けた。

 そこには昼間見た巫女服を纏った星川がいた。


「ほ、星川さん!?」


 驚いている俺に星川はゆっくり襖を閉めて、そして……。


「先輩……」


 突然俺に抱きついてきた。


「星川さん、な、何を!!」


「巫女服好きなんですよね? だから……」


 危なかった熱海旅行も終わったのに、また……また……。


 またこれかよォォォォォォォォォォ!!


「先輩……」


 上目遣いで俺をジッと見つめる。

 やばいやばいやばいやばい巫女服でのそれは破壊力ありすぎだろ……。

 コ○ン映画のアクションほどの破壊力!


「ほ、星川……急にどうした? 発情期ですか、この野郎」


「ふふ、そうだと言ったらどうします?」


「ほ、星川……」


「先輩が望むなら……いいですよ」


 耳元で甘い声を言って誘う。

 この女、まさかヤル気なのか。自分のばあちゃんの家で! そんなことがもし、ばあちゃんにバレたら絶縁されるぞ。

 あれ、待てよ……この状況、危ないのは星川ではなく俺じゃないのか? だって、普通に考えれば俺が星川に手を出したと見られる。そうなると俺は……未成年強制わいせつ罪で捕まる!!


「駄目だ!!」


 俺は星川を突き放した。


「きゃっ」


「す、すまない」


「やっぱり、私じゃ魅力はないですか……」


 哀しげに星川が呟く。

 いつもの余裕そうな彼女とは違い、戸惑ってしまう。


「い、いやそう言うわけじゃないけど」


「だったらどうして……?」


「どうしてってそれは……」


 魅力的に思うのは事実だし、一歩間違えたら手を出していたかもしれない。

 だけど俺にはどうしても守らないといけないものがあった。

 その理性が残っていたおかげでギリギリを保つことができた。


「この行為を世間が許しても青少年健全育成条例が許してくれないからだよ」


「またそれですか……」


「ああ、法律は絶対だ」


 そこまで法律詳しくないけど。


「だったら私が高校生卒業したら、いいんですか?」


「え?」


「未成年じゃなくなったら先輩は私と……付き合ってくれるんですか……?」


 服装は巫女服だが、真剣な眼差しで俺に訴えてかけてきている。

 未成年じゃなくなったら確かに星川と正式にお付き合いできるけど。

 けど……けど。


「あ……えと……」


 俺が口をごもらせていると星川が溜息を吐いた。


「やっぱり……駄目か」


「え?」


「ごめんなさい、先輩。最後にからかうような真似をして……でもこれで自分の気持ちに区切りがつけました」


「星川?」


 まるで何か、吹っ切れた様子だった。

 その真意に俺は気づいていたが、無理に口に出さなかった。


「夜分遅くに失礼しました。それじゃあ……」


「あ、ああ……」


 そう言い、星川は俺の部屋から出て行った。


 なんだろう……気持ちがモヤモヤする。

 これで良いと思う反面、これでよかったのかと後悔の念にもかられる。

 果たしてこのままで、星川は明日、優勝できるのか……?


 気持ちが晴れないまま、俺は眠りにつき、

 そして、朝を迎えた。


 朝食も星川家が作ってくれていた。俺と朱音先輩は客間でその和のテイストが強い朝食を口にしていた。


「はぁ……」


 昨夜のことを思い出し、溜息をこぼす。

 あのままでよかったのか。


「どうしたの? ゆーくん?」


 朱音先輩が心配してくる。

 

「いや、なんでもないですよ」


「ふーん。そういえば昨日の夜、ゆーくんの部屋から湊ちゃんの声がしたけど……まさかね?」


 ニコッと笑みを浮かべてこちらを見てきた。


「い、いや別にな、なにも?」


 思わず動揺を見せてしまう。

 すると朱音先輩はすかさず、


「ふーん。いたことは否定しないんだ」


「やばっ!!」


 心の声が口に出てしまった。


「全く、ゆーくんは人ん家の実家でも襲うなんて、節操ないな〜〜」


「誤解です! 何もしてないです! ったく……」


 朱音先輩に呆れていると、部屋の外から足音が聞こえた。

 勢いよくこっちに向かってきている。


「ん?」


 朱音先輩も気づき、襖に目をやる。

 すると、


「湊!!」


 星川のばあちゃんが血相変えて客間に入ってきた。


「湊……こちらに来ていませんか?」


「来てないですけど……どうされました?」


 朱音先輩が聞くとばあちゃんは呼吸を整えて答える。


「そ、それが湊がいなくなってしまったんです」


「え、星川が!?」


「連絡を入れても返ってこなくて……決勝は昼からなのに、あの子どこに行ったのでしょう……」


 心配するばあちゃん。 

 星川がいなくなったと聞いて昨日の夜の会話を思い出した。


"これで自分の気持ちに区切りがつけました"


 まさかあいつ……。


 俺は客間を飛び出した。


「ちょっと、ゆーくん!?」


「どこへ行くのですか!?」


 星川を探しに行くに決まっているだろ!


 そんなの認めないぞ。俺は!


 このまま勝手に終わられせてたまるか!


 何も伝えられないまま、終わらせてたまるか!!


 俺は星川を探しに向かった。

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