92話 ザ・修羅場
朱音先輩の登場により、ドキドキの空間が、一転、重苦しい修羅場へと変わった。
「こんな夜の海に何してるの? 二人とも」
朱音先輩が俺達二人に近づいてくる。
やばい、もしかして、今までの会話聞かれていた?
とにかく何とかしてこの場を乗り切らなければ!!
「い、いやーーちょっと夜風を浴びに海に来たら偶然、那奈さんがいてさーー。少し話し込んでいたんだよ。そうですよね、那奈さん」
那奈さんにアイコンタクトを送る。
すると那奈さんは小さく頷き、
「そ、そうなんだよ……私もちょっと夜の海を見てみたいなーと思ってきたら神原くんがいてさ。ほんと偶然偶然……」
「ははは、そうですよね、那奈さん。本当に偶然ばったり」
何だか余計怪しく感じるがどうだろう。
うまく誤魔化せるか。
「ふーん、そうなんだね。てっきりみんなに内緒で二人きりでイチャイチャしてるのかと思っちゃった」
「ははは、先輩は面白いことを言うな〜〜そんなことするはずないだろ」
「ふふ、そ、そうだよ……」
「ふーん、でもさ一つ気になるんだけど……」
朱音先輩が俺の隣に座り、ニコッと笑顔を向けて、こう言った
「なんでゆーくん、急に那奈さんのこと"那奈さん"って呼ぶようになったの? さっきまでは"姫咲さん"だったのに、どうして下の名前で呼んでいるの?」
「え……?」
ぼ、ぼ……墓穴掘ったぁぁぁぁぁ!
た、確かにこの2日の俺達を見ればあまりに不自然だった。
気付かないわけがない。
ど、どうする……? な、ななんて言い訳をする……?
「え、えとそ、それは……」
透き通った瞳で俺の言葉を待っている朱音先輩。
助けて、那奈さん!
横目で那奈さんを見るが、那奈さんは顔を赤くしてテンパっているようだった。
ダメだ、自分で何とかするしかない。
「え、えと……こ、これはですね……」
数秒沈黙が続き、俺はようやく上手い言い訳を見つける。
「那奈さんの方が言いやすいかなと思ってたった今、NOW、呼んでみたんすよ! ほら、だいたい呼び名変わるのって突然じゃないですか? 入学したては"君"づけで呼んでいたいけど、突然、呼び捨てになり、気付いたらあだ名で呼び合っていたってよくある話じゃないですか。その進化の過程を偶然、目の当たりにしただけですよ。うんうん」
それっぽい例えを出して乗り切ろうとする。
だが。
「まあ、そうだね。でも、その呼び名が変わるのって、関係に何かしらの進展があった時だよね。この短時間で二人に何かしらの進展があったと思っちゃうんだけど」
ギクゥゥゥゥ!!
朱音先輩、なんて鋭いんだ。
これはもしかして、勘づいているのかもしれない。
下手にこの話題について誤魔化そうとしても無駄なのかもな……。だったら自然に話題を変えて揉み消すか……。
そう思い、俺は話題を切り替えようとした。だが。
「そんなことより、アワビってあれ本当に女性のアレに似て———」
「告白したの……!!」
「ヘッ!!」
那奈さんが真実を口にした。
な、何を!! なぜ!? なぜ言った? どうして? この状況で、それは地雷どころがミサイルじゃないか!
やばいって、やばいって!
「へー……やっぱり、那奈さんもゆーくんのこと好きだったんだ……」
朱音先輩の顔を覗くと意外にも驚いていなかった。
むしろ予定調和のような反応だ。
「それで、ゆーくんはなんて返事したの?」
「え、俺は……」
朱音先輩が来たことで答えがうやむやになってしまっていた。
那奈さんを見るとジッと俺の言葉を待っているようだった。
そうか。そのために本当のことを言ったのか。
だったら俺も勇気を出さなくちゃな……。
流れに身を任せるのではなく、冷静に自分の気持ちを———。
「那奈さん……俺は那奈さんのこと……」
「うん……」
「す……」
「す?……」
朱音先輩を前に俺は自分の今ある気持ちを告白した。
「すいません……」
「え……?」
俺の一言に那奈さんは固まった。
「その……実はよくわからないんです。那奈さんのことは魅力的な女性だと思いますし、こんな俺なんかに好意を持ってくれてすごく嬉しかったです。それにこうして一緒にいるとこの心の部分がとてももにゅっとします。ですがそれが好きというのかが俺にはわからないです」
「神原くん……」
「那奈さんは俺には勿体ないくらい素敵な女性です。そして、真っ直ぐ俺に気持ちを言ってくれた。だからこそ俺もはっきりとした気持ちで答えたいんです。ですので、今あやふやな感じで那奈さんの想いを受け止めたくないんです。わがままというかよくわからないことを言ってすいません。もう少し、俺の気持ちの整理がつくまで待ってもらってもいいですか?」
そう言うと那奈さんは少しはにかみながら、
「うん……わかった」
と一言だけ言った。
「ふふ、私も昨日告白して同じこと言われたんですよ」
「え! そ、そうなの」
朱音先輩の言葉に驚く那奈さん。
まあ、確かに朱音先輩にも同じことを言ったな。
「ゆーくんは焦らしプレイが好きですからね……まあ、気長に待ちましょう」
「う、うん……」
「なんか、すいません」
謝ると那奈さんは俺に優しく微笑んで、
「うーうん。むしろよかった。神原くんの本音が聞けて……だけど私の気持ちはこの先ずっと変わらないから、待ってる」
「は、はい!」
こうして話は終わり、ホテルへ戻った。
戻りながら俺は考えていた。
今回もいい感じでこれまでの関係を保つことができたが、しかし、しかしだ。
このままの関係がずっとは続かない。
いつか、俺は選択しないといけない。
自分の未来を……。
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