89話 虚構vs大人のお姉さん

 姫咲さんに呼び出されてまた昨日と同じ夜のビーチにやってきた。


 なんだろう話って。

 昼に言いそびれたことかな。

 

"私、そんな君のことが——"


好きなの! ……なんてな。姫咲さんが俺なんかに惚れるわけがない、きっと……


"私、そんな君のことが———"


 生理的に受け付けないの……。


「お、おお……」


 自分で勝手に想像して勝手に落ち込む。

 んなこと姫咲さんに言われたら一生立ち直れないな。


 星川とか西園寺さんみたいな人なら別にいいが、いやむしろ罵られたら嬉しいかもしれないが。

 姫咲さんという優しくて、年上で、まともな人に言われたらなんか社会的に指摘を受けた感じがして凹むだろうな。


 まあ、言わないとは思うが……。


「お、お待たせ」


 考えていると姫咲さんが来た。

 ホテルの部屋着の上に羽織りを着ている。

 夜の海は冷えるもんな。


「それにしても……夜の海って昼と違って幻想的できれい……だね」


「え、あ……そうっすね」


 俺はめちゃくちゃ怖いと思っているけど。


「それでLINEで言っていた話ってなんすか?」


 早速話題に入ろうとしたが、


「あ、見て船がある……」


「本当だ」


 漁港船だろうか。こんな夜に大変だな。


「それでLINEで言ってた話って?」


「あ、あ! 見て、カニ、カニがいるよ」


 砂浜を見ると確かにカニが数匹歩いていた。


「本当だ、小さぇ。それで話って」


 なかなか本題に入ってくれない。呼び出しておいてどういうことなのだろう? 

 なかなか切り出しにくいことなのか?


「あ、見て神原くん、海に大きな影が映っている、あれゴジラかな」


「あーー本当ですね。それで話……ええ!?」


 よく見ると本当に大きな影があった。

 ま、まじかよ!


「……よし……そ、それでね、ここに呼び出したのはね」


 姫咲さんが何かを決心し、俺に話そうとするが、それどころじゃない。


 20……いや30メートルほどの大きな影が海に浮かんでいる。

 本当にあそこからゴジラ出てくるんじゃないか! そしたらキングコングも出てくるんじゃないのか!

 オラわくわくしてきたぞ〜〜。


「あの、姫咲さんそれよりもあれマジでやばくないすか! マジでゴジラかもしれないっすよ!」


「え、えーと、そ、そうだね。そ、それでね」


「こうしちゃいられない! ゴジラの全貌をこの目で見なければ!」


 そう思い、海に近づこうとしたその時。


「待って」


 姫咲さんに腕を掴まれる。


「今は……話を聞いて欲しいな……」


 照れながら言う姫咲さんによって俺のゴジラに対しての好奇心はすぐに薄れていった。


「あ、はい……な、なんでしょう……」


 あれ、なんだこれ。

 なんで俺までこんな動揺しているんだ。


「今日の昼間の続きと私のことを……聞いて欲しいなと思って……」


「姫咲さんのこと……?」


 一体、全体、おっぱい、どう言うことなのだろう。


「わ、私には2歳離れた弟がいたって話したよね」


「は、はい」


「私、弟の"なっくん"のことがとても好きで、昔から良く二人で遊んでいた。だけどなっくん、生まれた時から体があまり強くなくて、よく入院していたの。学校もろくに通えてなかった」


 話しながら、姫咲さんは浜に座り込んだ。その隣に俺も座った。


「だけど、私が17歳の時、二人で買い物に行ってたんだけど、その時、私、財布落としちゃって……。必死で財布を探した。お金はそこまで入ってなかったんだけど、財布の中になっくんとの思い出の写真があったから、それだけはどうしても無くしたくなかった。だけどそれでも見つからなくて一旦家に帰ったの。帰った後は私相当落ち込んじゃってすぐ寝込んだわ」


 財布落としたら、全てが嫌になるよな。

 わかる。


「でも、その時、私がもう少し強かったら……」


「え?」


 姫咲さんが悔しそうに口にした。


「落ち込んでいる私を見て、なっくんは深夜に家を飛び出して必死に財布を探してくれたの。そして、ようやく見つかって朝帰ってきた……だけど……」


 ゴクリと唾を飲み込んだ。

 ま、まさか……。


「家に帰った途端、なっくんは倒れて救急車に運ばれた……体に無理が祟って体調が悪化したの……そこからみるみるうちに衰弱して、そして……亡くなったわ……」


「そ、そうだったんですか……」


 重い……重すぎる……。


「弟はとても優しくて、素直で、それでいていつも私に笑顔を向けてくれた……一番大変だったのに……」


「いい弟さんだったんですね」


「うん……だからこそ私は相当後悔したし、ずっと嘆いていた。弟じゃなくて何で私が生きているんだろうって……何とかなっくんの分も頑張ろうとこの10年生きてきたけど、それでも、どうしてもなっくんを失ったことが頭から離れなかった。そんなある日、両親が婚活しろって言ってきたの。孫がみたいってのもあったけど、多分、それ以上に私には幸せになってもらいたかったからだったと思う。その親の意図を汲んで、街コンに参加したの」


 なるほど、あの時、姫咲さんが街コンに参加していたのはご両親の後押しがあったからだったのか。


「でも、なかなかうまくいかなくて、もうやめようかなっと思った時、神原くんに出会った」


「え、俺?」


 急に自分が出てきてビックリする。

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