86話 トランザムは最後までとっておけ

 朱音先輩の話を聞いて俺はテトラポッドへと向かった。


「香乃!!」


 朱音先輩によると、


「香乃ちゃん、テトラポッドの先で溺れている子供見つけて助けに行ったの! でも、途中で大きな波が来て、その子を抱えて流されちゃったの! 今、湊ちゃんがライフセイバーの人を呼んでいるんだけど、近くにいなくて……」


 香乃……!! 頼む、無事でいてくれ。


 俺は必死のクロールで朱音先輩と共にテトラポッドまで泳いだ。

 姫咲さんには救急隊を手配してもらっていた。


 正直こういう時は待っていた方がいいのだろうけど、ジッとなんてしてられない。

 もし、万が一救急隊が遅れたら香乃は……!


 嫌な想像が脳裏に過ぎる。


 クソぉぉぉぉぉぉぉ!!


「香乃はどこだ!」


「あ、ゆーくん、あっち!」


 朱音先輩が指差した方を見ると香乃が10歳くらいの少年を抱えて泳いでいた。


 どうやらまだ無事のようだ。

 しかし、様子がおかしい。運動神経が良い香乃ならすぐに浜へ戻って来れるはずなのに。

 妙にジタバタしているような。


「まさか、あいつ」


「どうしたの?」


「足がつって溺れているんじゃないですか?」


「え!?」


「俺ちょっと助けに行ってきます!」


「待ってゆーくん!」


 先輩が俺の腕を握る。


「あっちは海も深いし、波も強い。ゆーくんも流されちゃうよ」


 確かに波が強く、ウォータースライダーのごとく流されそうだ。

 それに俺はそこまで泳ぎがうまいわけではない。

 町内大会入賞レベル……だがしかし。


 男には例え無茶だとしてもいかなきゃならない時がある!


「それでも、いかなきゃ……」


「え……?」


 朱音先輩の手を振り解き、俺は、


「父さん……母さんごめん……俺は……いくよ!!!」


 脳内でユ○コーンのBGMを流し、海へと飛び込んだ。


「ゆーくん!!」


 くっ、やっぱりテトラの先は波が強くて、なかなか香乃のところまで辿り着けない……でも、それでも!! 


「香乃ぉぉぉぉぉぉぉぉーーー!」


 叫ぶと香乃は俺の方向いて、


「ゆ、ゆうちゃん……」


 手を伸ばした。

 俺はその手を思いっきり握った。


「大丈夫か?」


「う、うん……だけど足つっちゃってうまく泳げないや。それにこの子も海水結構飲んじゃってるみたいで……」


 香乃の背負っている少年を見るとすごく気分が悪そうに見えた。

 説教してやりたいが今はそんなことをしている場合じゃない。


「わかった。それなら俺の肩におぶされ」


「う、うん」


 香乃がおぶさる。

 おっぱいの感触とかは気にせず泳ごうとしたが。


「ぶくぶくぶく……」


「ゆうちゃん!!」


 流石に二人を背負うと沈む。

 だが、ここは! 気合いでなんとかする!!


「トランザム!!!!!」


 そう言い俺は二人を抱えた状態で全力のバタ脚をして、泳ぎ始めた。


「す、すごいよ! ゆうちゃん!」


 勢いよく体を動かす。

 自分の未知の底力に正直驚いている。

 よし、このままテトラポッドにいる朱音先輩の所までいける!


 そう確信した瞬間。


「うっ!」


 足の感覚がおかしい……まさか!


 俺もつったぁぁぁ……!!


「ゆ、ゆうちゃん!?」


「ぼぼぼぼぼぼっ!!!!」


 トランザム稼働時間があまりにも短すぎたぜ……。


 俺も溺れてしまった。



 

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