85話 オタピーの贖罪

「ということがあったの……酔っていたとはいえ"あんな"ことしてしまって……ごめんなさい」


 姫咲さんが話してくれたおかげで全てを思い出した。


「そ、そうですか……」


「それと、ありがとうね。少しの間だったけど、"弟"に会えた感じがしたよ」


「ち、ちなみにお、弟さん……今何を?」


「今はいないよ。10年前、病気で亡くなったから」


「あ、あ……」


 や、や、や……。


 本当にやっちまってたぁぁぁぁぁぁぁーー!!


 エッチな感じのやっちまったではなく、倫理的部分でやっちまってた!!!


 お酒に酔っていたとはいえ亡くなった弟さんの代わりになりまーすってこいつ頭イカれてんのかよ!!


 まあそん時はイマジナリーブラザーとかいう訳の分からない勘違いをしていたが、


 てかイマジナリーブラザーもなんだよ!

 冷静に考えれば弟さん亡くなっているの察しがつくだろ!!

 

 バカか、俺は!!!


 ひとまずここは……。


 その場で頭を地べたにくっつけ、そして。


「すんませぇぇぇぇぇーーーーーん!!!!!」


 ビーチの中心で今までの人生で一番とも言える土下座をし、姫咲さんに謝った。


「か、神原くん?」


「本当すんませぇぇぇぇーーーん! 酔っていたとはいえ、不謹慎な言動をしてしまい、大変申し訳ありません。腹でも首でも切るんでどうか!!! 許してくださいっぴぃぃぃ!!!」


「ちょ、ちょっと待ってどうして神原くんが謝るの?」


 俺の渾身の土下座を見て姫咲さんが慌てる。


「いや、亡くなっていたとは知らず、姫咲さんの弟の代わりになろうとしていたなんて……」


「あ、そうだったの。てっきり知ってるものかと思った……でも、それでも」


 姫咲さんが俺の肩に手を置く。

 俺は顔を上げて姫咲さんの顔を覗いた。

 

 彼女は怒っていたり、悲しんではいなかった。

 むしろ、嬉しそうに俺に微笑んで、


「あの夜、神原くんがそばにいてくれたおかげで私は少し心が救われたの。だから……ありがとう」


 そう言った。

 

「姫咲さん……」


 そんな彼女の笑顔見て、俺自身も心が救われたような気がした。


 それと同時にこうも思った。


 今みたいな幸せそうな姫咲さんの笑顔を守っていきたいと。


 でも、なんだろうな、この気持ち。

 前みたいに弟を演じてあげたいって感じではない。他人に対しての同情って感じでもない。

 心がなんかこう、締め付けられていて、"したい"という願望ではなく、"しなくてはならない"という使命感が強くなっている。


 この人は俺が笑顔にしなくちゃならないって感じ……そうだ。

 あの夜の時も同じことを思ったんだ。


 姫咲さんに抱かれながら寝たあの日。

 泣きながら俺の頭を撫でていた姫咲さんを見て、俺は思ったんだ。


 この人をずっと笑顔にさせたいって……もう泣かせたくないって……。


 なんだろう。

 この気持ちは……。


「ひ、姫咲さん俺……」


 この感情を俺はうまく言語化できず言葉が詰まってしまった。

 

「ん?」


「そ、それでも今回の件についての罪は償いたいと思うので!! 困っていたり、悩んでいたり、疲れていたりしたらいつでも言ってください! 俺にできることならなんでもするんで!!」


 無理矢理捻り出した。

 そうだ、お隣さんとして、そしてオタク仲間として俺は姫咲さんの力になりたい。

 

 そういうことなんだ。

 この俺のよくわからない感情の答えはきっとそうなんだ。

 うんうん。

 自分自身で納得させた。

 すると姫咲さんは、


「ふふふ、ありがと……」


 また微笑んでくれた。

 今度は頬を赤くして。

 何にせよ、よかった。

 

 これでまた姫咲さんと一緒にアニメが見れるぜ。

 これからも姫咲さんと一緒に居られる。


 あれ……これって……?


 俺が自分の中の"何かに"気づき始めた瞬間、姫咲さんが小声で、


「神原くん……本当に優しいね……」


 と呟き、小さな手で砂を握りしめる。

 そして、何かを決心したかのように俺に向かって告げた。


「私、そんな君のことが———」


「ゆーくん!!」


 姫咲さんが何かを言おうとした直前、朱音先輩が慌てた様子で俺達の方へ走ってきた。


「朱音先輩? どうしたんですが、そんな慌てて」


「た、大変なの!!」


「大変って?」


 息を整えながら朱音先輩は俺に言った。


「香乃ちゃんが———」


「え………」


 先輩の話を聞いて、俺は沖へと向かった。

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