84話 オタピーの原罪

 新宿事変の日。

 俺と姫咲さんが"ユリユリ"のアニメを見ていた夜に遡る。

 

「視聴終了! ユリユリは最高ですね!」


「うん! 最終的に魔法を使わず、愛の力という名の生身の力だけでラスボスをぶっ倒す展開は最高に熱かったね!!」


「はい! まさか第6話の筋トレの話がここで活躍するとは思いませんでした! 最終的に筋トレが最強の強化魔法ってことですね!!」


 お酒を飲んでいたこともあり、話はものすごく盛り上がっていた。

 正直この辺りから俺の記憶は薄れていく。


「それにしてもやっぱりお姉ちゃんっていいですよね!! ユリカの姉のユーリを見て思いました。自分がピンチの時にあんなカッコいい登場されたらもうお姉ちゃん大好きってなりますよーー!」


「そうだね!」


「俺もお姉ちゃん欲しかった〜〜。あ、そういえば姫咲さんってご兄弟とかいます?」


「え……あ」


 これまでずっと笑いながら話していた姫咲さん。しかし、この俺の問いによって顔が曇ってしまう。


 あれ、聞いてはいけないことだったか。

 少しの沈黙が続き、別の話題を振ろうと思った瞬間、姫咲さんが口を開いた。


「うん、いるよ……いや、正確には"いた"かな」


「"いた"……?」


「ちょっと訳あってね。ここで話すような内容ではないかな」


「へーー」


 普段の俺ならここで疑問を持ち、問い詰めたり、はたまた空気を読んで話題を変えたりする所だったが、この時の俺は相当出来上がっていた。 


 だから普段の俺の思考では考えられない行動に出てしまう。


 今思うと本当に気持ち悪い提案だった。


「よくわかりませんが、なら俺が代わりになってあげましょうか?」


「え……」


 姫咲さんは鳩に豆鉄砲を食らったかのような表情をしていた。


「姫咲さんの年下の俺ならできるでしょう。今夜だけ姫咲さんの弟になってあげますよ」


「そ、そんな、いいよ〜〜」


「いやいや、むしろやらせて下さい。俺一人っ子だから一度でもいいからおねぇーって言いたいんです!」


「え、えー」


「お願いします!!」


 念のためにもう一度言う。

 この時の俺は記憶が飛ぶくらい飲んでいた。

 だからこんな変態発言をしてしまった。

 普段からこんなにやばい奴ではないということだけは知ってほしい……。


 そして、俺の懇願に対し、姫咲さんはコクリと頷いた。


「やったーー……ありがとう姉御!!!」


 頭を下げると姫咲さんは笑って、


「ふふ、それじゃあ今夜だけ神原くんは私の弟ということで」


 ちなみに姫咲さんも相当酔っていた。


「はい! 姉御、早速何しましょう! 肩でも揉みますか?」


「もぉ〜〜それじゃあ私スケバンみたいじゃない。それに私の弟は私のことを姉御なんて呼んでない」


 俺もノリノリだったが姫咲さんも意外と楽しそうだっま。


「なら、反抗的な感じでねぇちゃん?」


「ブー」


「シスコン的な感じでオネェー?」


「違います」


「姫ねぇー!」


「もう苗字じゃん……もっと普通だよ」


「うーん。ならなんの面白みもないけど」


 一回大きく深呼吸をして、姫咲さんに向かって呼びかけた。


「お姉……ちゃん?」


 そう呼ぶと姫咲さんはハッとした様子で俺を見て、


「やっぱり……似てる」


 と呟いた。


「え? 弟さんにですか」


 笑いながら言う俺に対し、姫咲さんは涙を浮かべていた。


 え? え? え?


 想像以上の反応に脳がバグる。


「ちょ、ど、どうしたんですか」


 姫咲さんを落ち着かせようとした瞬間、姫咲さんが思いっきり抱きついてきた。


「ウェイ!?」


 咄嗟の出来事にさらに脳がバグる。


「お、お姉ちゃん……?」


「"なっくん"……ごめん……ごめんね」


 "なっくん"……? それが姫咲さんの弟さんの名前か。 にしてもなんでごめんなんだろう。


「あ!」


 姫咲さんが不意に我にかえる。


「ご、ごめんなさい……」


「あ、いえいえ」


「「…………」」


 また沈黙の時間が始まる。

 

 酔った頭で俺は考えた。

 いるではなくいた。

 似ている。

 なっくん……。

 ごめん。


 この4つのワードが導かれることはつまり……。


 姫咲さんには実は弟はいなくて、弟欲しさにイマジナリーブラザーを作った!

 でも、大人になるにつれて、ショタよりも百合の良さに気づいてしまい、マイブームが去ってしまった。

 しかし、そんなイマジナリーブラザーにそっくりな俺と出会い、ブームが再点火した。 

 あのごめんは勝手に消してごめんなさいという意味だったんだ。


 わかる……わかるっぴ。


 俺も妹萌だった時はイマジナリーシスターを創造したが、ある時に萎えてしまい、消してしまったからな。

 姫咲さんの気持ちはよくわかるっぴ。


 それなら今日だけは昔の癖を思い出させてあげるため、俺がハッピーにさせてあげなければ!!


※この時の俺は本当に本当に相当酔っ払っていたので、まともな思考ができていなかった。


「ご、ごめんなさい……私もう帰るね」


 帰ろうとする姫咲さんに俺は、


「待ってお姉ちゃん!!」


 そう呼び止めた。


「え、か、神原くん?」


「今日だけ、今日だけなら許してくれると思います。だから……俺のことは本当の弟だと思って大丈夫です」


 真剣に見つめると姫咲さんは戸惑いながらも頬を赤くし、少し微笑んで俺に向かって


「うん……ありがとう……」


 と言い、俺に優しく抱きついた。


「だったら今日……このまま一緒に……」


「え、あ……うん」


 普段だったらめちゃくちゃドキドキとかムラムラするが、この時は何故かもっと違う。母性に似た何かを感じてすごく落ち着いていた気がする。

 

 そして、そのまま抱き合ったまま、ベッドに入り、お互い眠りについた……らしい……?

 

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