75話 トラブルはダークネス


「え……?」


 突然の出来事に脳がバグりそうになった。


 朱音先輩にチュッチュされた? え? チュッチュされたのか……?

 なぜに? Why? 

 

「ふふ、初めてをあげちゃったな〜〜」


「初めてって……ちょ、え?」


 少しずつ頭が整理されていく。


「ちょ、先輩! ちょ、えーー!! 急に何してるんですか!?」


 起き上がり、朱音先輩と少し距離を置いた。


「び、びっくりした〜〜! からかうにもこれは度が過ぎてますよ」


 勢いよく言うと、


「ごめん、嫌だった……?」


 小さくそう言った。

 暗くてよく見えないが、何だろう。

 朱音先輩が悲しそうな顔をしていると思った。

 先程までの雰囲気とは違っていて、なんか調子が狂う。


「いや、別に嫌だったというより……その驚きの方が大きかったというか……」


「そっか。じゃあ……その……」


 恥じらいながら、朱音先輩がこちらを見つめる。


「もう一回してもいい……?」


「ん……??」


 何を言っているんだ、この人は……。


 やばい、やばいぞ。

 本格的にこの人が何を考えているのかわからなくなった。

 てか、どうして急にこんな淫乱になったんだよ……ワケワカメ。


 とにかく朱音先輩のペースに呑まれないためにも平常心は持っておこう。


 平常心! 見失うなよ! 自分を!


「いやいや、一回はトラブルとして成立しますが、二回目は流石にアウトですよ」


「ん? どうして?」


 不思議そうに頭を傾げる。

 不思議に思っているのはこっちだよ。


「だって、そのそういうのって、交際している男女がやるものでしょ? 外国では挨拶代わりにと言いますが、ここは日本。付き合ってもない男女のチュッチュはもう不純異性行為。こりゃあちょっとねぇ〜〜世間が許してくりゃあせんよ」


「だったら付き合ったらいいの?」


「え?」


「私と付き合って。ゆーくん」


 もうさっきから何が起こっている?

 夢か?


「いやいや、待ってください! そんな簡単に……!」


「簡単だよ」


 朱音先輩が俺の手を絡めさせながら、顔を近づける。

 そして、


「今日一日一緒にいて、ゆーくんが大学の頃から何一つ変わってなくて、安心したんだ。それと同時に今度こそ、しっかり自分の気持ちを伝えて、ゆーくんの本心を聞きたいなとも思った。だから……」


 頬を赤くした朱音先輩が真っ直ぐした瞳を俺に向けて告げる。


「私と恋人になって」


 その台詞と意味はあまりにも真っ直ぐしていた。

 逆に人の本心から逃げ続けていた俺にとって、この朱音先輩の告白は……ものすごく胸に響いてしまった。

 

「いや……そ、それは……」


「もしかして、もう決めている人がいるの……?」


「え、えぇーと」


「香乃ちゃん? 那奈さんかな? それとも、湊ちゃん……? もしかして、エレナちゃん?」


「ち、違う!!」


 少し声を荒あげてしまった。

 朱音先輩は驚きながら俺の方を見る。


「先輩……落ち着いて下さい。先輩は今冷静さを欠けています。媚薬でも飲みましたか?」


「飲んでないよ……ただ……」


 朱音先輩は俯き、俺に告げる。


「"あの時"のちゃんとした答えをまだもらってないから……それが欲しいだけ」


「"あの時"……」


「ねぇ、ゆーくんは私のことどう想ってるの?」


「俺は……」


 ……またこれだ……。

 この胸が苦しい瞬間、言葉が浮かばないほど、動揺している思考。

 頭が痛い……逃げ出したい。


 どうして、みんな俺に一方的に気持ちを伝えて、答えを求めてくる?

 どうして、いつも真っ直ぐなんだ……。こんな俺に……どうして……。


 正直な思い……。

 俺はいつも答えを出すのが怖かった……。


 関係が崩れるのが怖かった……。


 自分が自分でなくなる気がして……怖かったんだ……。

 

 "あの時"だって……。


 朱音先輩の告白によって、過去の記憶が呼び出される。


 大学時代の……朱音先輩との思い出の記憶が———。

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