バレンタイン特別編 オタクにバレンタインは無理らしい


 2月14日……それは女性が異性にチョコをあげるというイベント。


 友達としてだったり、日頃の感謝を込めてだったりと近年では様々な思いを馳せてチョコを渡しているが、しかし!


 しかしだ! バレンタインというものの根源は——。


 好きな異性にチョコを渡すというラブラブイベントだということだ!


 チョコと共に告白する者もいれば、彼氏に甘々なチョコを渡す者といる。


 つまりバレンタインというのはリア充による、リア充の為のイベントといっても過言ではない。


 反対に常に世界の片隅にいるようなオタクには無縁で関係のないもの……いや、逆にハロウィン、クリスマスに次ぐ忌むべきイベントなのかもしれない……。


 しかし自称穏健派オタクの俺にしてはぶっちゃけバレンタインはどうでもいいし、特に気にしてこなかった。

 気にかかっていたのは母親からもらった分をカウントする惨めなオタクぐらいか。

 あれは見てられなかったな……まあ俺も同じようなもんだったがな……。

 ここ数年、上京してからはろくにチョコなんてもらったことはなかった。

 返すのが面倒くさくてむしろいらなかったけど。


 てな感じで俺の中のバレンタインはいつもの平日と何も変わらない一日として消化していた。


 でも今年は一味違った———。


「ねぇ……これあなたのために頑張って作ったの……手作り初めてで味は保証できないけど……受け取ってくれる……?」


 頬を赤らめて恥ずかしそうにチョコを渡す西園寺さん。

 それに対して俺は、


「え、まじすか。あざーす」


 平然と受け取ろうとする。

 しかし。


「ダメ! ダメ! 全然ゆうくんドキドキしてくれない! やり直し!」


 チョコを取り上げられる。


「じゃあ次私ね! こほん!」


 声の調節をし始める香乃。一体何が始まるんだ……?


「はい! これあげる! か、勘違いしないでよね! べ、別にあんたの為に作ったんじゃないんだからね! たまたま作っただけなんだから! か、勘違いしないでよね! で、でも頑張って作ったから、残さず食べてよね……」


 いつもより声のトーンを上げて言う香乃。


「うーん……テンプレ過ぎないか? まあ別にいいけど」


 そう言い受け取ろうとしたが、


「あーー!! 私もダメだったーー!!」


 チョコを戻されてしまう。


 こいつらは一体何がしたいんだよ。


 奇跡的なモテ期が到来したこの年のバレンタイン。

 俺はチョコを渡すから来いと5人の女性に言われ、家の近くにあるファミレスへと来ていた。

 普通に渡しててきとうに喋っておしまいかと思ったが、西園寺さんが、


「せっかくだし、誰が一番ゆうくんをドキドキさせるか勝負しない?」


 と言ってきた。意外にもみんな乗り気になり、こうして今に至っている。

 早く帰ってアイシスのバレンタインイベント周回したいのに……。


「ふふ、香乃さん、ダメダメですね。やはりここは本家ツンデレの私がお手本を見せてやりますよ」


 自分でツンデレって言うなよ星川。


「ではいきます……。先輩、せーんぱいーー。今年もチョコもらえなかったんですか? ふふ、そうですよね。根暗な先輩じゃ女性からチョコなんてもらえないですよね。聞くまでもなかったです……惨めですね……はい……、はいこれ……! 何って、今年もチョコをもらえなかった残念賞です。しっかり味わって食べてください。ふふ……あ、ちなみにこれ、義理か本命どちらでしょうか? 正解は……ふふ、開けてみてください」


 と西園寺さん顔負けの演技を見せる星川。

 うーんだがしかし……これ。


「なんか俺に寄せてきてくれているのはすごく嬉しいんだけど……なんかむしろ寄せにき過ぎてごめんちょっと……恥ずかしいわ……だけどありがとう」


「は、はぁー/// べ、別にノリでやってきただけだから! 勘違いしないでよね!」


 もはやこれも素でやっているのかわからなかなってきた。


「じゃあ、次は那奈さんお願いします!」


「え、わ、私もするの……?」


 西園寺さんにふられて動揺する姫咲さん。

 姫咲さんに悪いがここは姫咲さんの演技も見てみたいという俺がいた。


「え、えと……は、はい!……あんまり自信ないけど……」


 あまりにも普通すぎる渡し方に、女性陣はため息をこぼす。

 しかし俺は……


「うっ……」


 その場に倒れた。


「ど、どうしたの!! ゆうちゃん!!」


「い、いや……27歳の恥ずかしがり屋なOLが精一杯勇気を振り絞ってチョコを渡すといつシチュエーションで既にお腹いっぱいなのに、変に言葉を飾らず、というか恥ずかしさからか言葉を足さず直球に渡してくる姿があまりにも尊すぎて……エモくて……死ぬ……」


 そう言い残して俺は死んだ。


「ゆうちゃん!!!」


「そ、そこまで言わなくても……」


 若干引き気味に言う姫咲さん。


「結構簡単だったんですね」


「これなら変に演技しなくてもよかったじゃん」


 舌打ちをする星川と西園寺さん。

 こいつらには一生できない領域だな。


「あ、なら私もやってもいいかな?」


 自ら名乗りをあげる朱音先輩。

 

「どうぞ! どうぞ! 何だか面白そうだし!」


「わかった、それじゃあいくね」



 香乃に言われて早速演技に入ろうとする朱音先輩。

 これバレンタインでチョコ渡すイベントだよな?

 もはや演技大会になってないか?

 

「ついてきてね。ゆーくん」


「え、あ、はい」


 ついてきてってどう言う……?


「どうしたよぉ、バレンタインかぁ?」


「「「「!!!」」」」


 急な朱音先輩の男声に一同唖然とする。

 それに対し俺は……。


「ああ、でももういいんだ。もう少し早ければもらえたのにな」


「私はまた心配しちまったぜ。またチョコもらえなくて泣いてんじゃないかってな!」


「朱音! 大学時代から目障りだったんだよ。バレンタインにはいつも女友達からチョコを貰ってきやがる。どこにでもでてきてすごくモテやがる!」


「お前もチョコ貰えたんだろ? 母ちゃんからよぉーー!」


「朱音ぇぇぇぇぇぇーー!!!」


「先輩をつけろよ、この非モテ野郎!!!」


「死ねぇぇぇぇーー!!」


「はい、チョコ」


「あ、ありがとうございます」


 普通に朱音先輩からチョコをもらった。


 「「「「………………」」」」


 なにこれ………。


 四人の心の声が聞こえた気がした。


「ふふ、さすがゆーくん、私の演技についてこれたね」


「まあ金田と鉄雄の戦闘シーンは親の顔より見ましたからねぇ!」


 熱い握手を朱音先輩とした。


「え、えと演技はそこまでにして。ゆうくん。ぶっちゃけ、この中で一番誰からのチョコをもらいたい?」


「「「「「!!」」」」」


 西園寺さんが聞いてくる。

 あれだけはしゃいでいた彼女達が急に黙り込んだ。

 西園寺さん……それは決まりきっていることだ。

 すかさず俺は、


「ふふ! 愚問だな! もちろん! ほのかちゃんだ!! バレンタインイベ最高だったぜ!」


 とドヤ顔で答えた。

 その瞬間、女性陣の顔つきが変わる。先程の楽しい雰囲気とは一変、何だか怒りのオーラを感じた。

 危機を感じ、その場を離れようとした瞬間。


 隣にいた香乃と星川に腕を掴まれ、そして……。


 パチ!


 バチ!


 パチン!


 ぺし


 ボコッ!


 全員から一発もらう。


「ゲバブッーーー!」


 俺は倒れた。


「よし! それじゃあ気を取り直して! ゆうくん!」


「ゆうちゃん!」


「先輩!」


「神原くん……!」


「ゆーくん!」


「「「「「ハッピーバレンタイン!!」」」」」


「あ、ありがとうございます……」


 ボロボロになりながら俺はみんなからチョコをもらった。

 誰か一人思っきしグーで殴ったような気がしたが……まあいいか!

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