61話 失礼だな———


「ということで、霧宮 朱音さんです」



 足湯に浸かっている四人に俺は朱音先輩を紹介した。

 俺の紹介に合わせて朱音先輩は礼儀正しくコクリと頭を下げる。


「霧宮です……よろしくお願いします」


「ちなみに俺の大学の先輩です」


「「「「えーー!」」」」


 みんな口を揃えて驚いていた。


「あれ? ちょっと待ってゆうくん。AKIRIさんって全く知らない人じゃなかったの?」


 西園寺さんが、尋ねる。


「いや、俺も会うまでは気づかなかったんだよ」


「ちょっと待って下さい先輩。先輩確か、大学生の頃ぼっちって言ってませんでした? そんな先輩にこんな美人の先輩と知り合いなわけがありません!」


「そうだよ! 根暗で二次元にしか興味のないアニメオタクのゆうちゃんにこんな美人の先輩がいるはずないよ!」


「二人ともそれちょっと言い過ぎ……」


 星川と香乃の言葉にフォローを入れる姫咲さん。

 この二人……俺をなんだと思ってんだよ。


「ふふ、面白い人達だね」


 西園寺さん達を見て、ニコニコと楽しそうに笑みを浮かべる朱音先輩。

 いつの間に、皆に混じって足湯入っているし……。ミステリアスな見た目に似合わずコミュ力お化けだな。


「それじゃあ私達も自己紹介しましょうか。私は西園寺 エレナ。24歳です。パン屋やりながらモデルやってます! 短い間ですが、朱音さん、旅行楽しみましょう」


「うん、よろしくね。モデルのエレナちゃん」


 西園寺さんもすごいな。簡単な自己紹介なのに、この人は良い人そうという感じが滲み出ている。幾星霜の合コンに参加していたり、モデル業の賜物だろう。これなら不安もないな。


「あ、言い忘れていたけど、ゆうくんの彼女候補です」


 前言撤回。

 この女……やりやがった!!

 旅行の始まりに、宣戦布告かましてきやがった。

 この西園寺さんの一言で場の雰囲気が一気に変わった。

 空気がピリついていく。

 しかし、ただ一人朱音先輩だけほんわかな空気を醸し出していた。


「へーー。こんなモデルさん射止めるなんてゆーくんやるねーー」


「はは、そうっすね……」


 これだけならいいんだけどね。


「はいはーい! 春野 香乃ですー! ゆうちゃんとは幼稚園から小中高一緒の幼馴染みです! 最近東京に引っ越してきましたーー! 今は就活中でーす! 朱音さん、よろしくお願いします! あ、ちなみに私はゆーくんの許嫁です!」


 言うと思った……。


「モテモテだね。ゆーくん」


「ははは……」


 笑えない……。


「次、私か。星川湊です。今年で18の女子高生です。神原先輩が勤めている本屋でアルバイトをしています……えと……」


 頬を赤くしながら、ジーと俺の顔を見る星川。


「な、なんだよ」


「これ私も何か宣言しないといけない流れですか?」


「いや、しらねぇーよ!!」


「あ! 先輩は私の金づるです! よろしくお願いします!!」


「誰が金づるだよ!!」


「ふふ、よろしくね湊ちゃん」


「はい。よろしくお願いします、朱音さん」


 俺を無視し朱音先輩にぺこりとする星川。


「後輩からもモテるだね」


 小声で朱音先輩が言う。

 これに関しては良いようにされているだけな気がするが。


「あ、最後私か。えと姫咲 那奈です。27歳です。とある会社の事務員してます……。神原くんとは……住んでる部屋が隣同士で、色々あって仲良くしてもらってます……あの……えーと」


 もぞもぞしながら星川と同じように俺を見る。

 まさか、姫咲さんも何か言うつもりなのか。


「私は別に神原くんとは……その……」


「姫咲さんとは趣味が合うんです! オタ友って感じです! ハハハ」


 見てられないので助け船を出した。

 姫咲さんも強く頷いている。


「そうなんですか。それなら私とも気が合いそうですね。よろしくお願いします。姫咲さん」


 朱音先輩の顔を見て表情和らげる姫咲さん。確かに二人は相性が良さそうだ。百合カプの妄想が捗るぜ……。


「さあ、自己紹介も終えた所で早速熱海観光に行きましょうか」


 そう言い立ち上がる西園寺さん。


「姫咲さん、最初どこにいくんでしっけ?」


「えと、ちょっと待ってね湊ちゃん……」


 駅前でもらった熱海のマップを広げて姫咲さんが確認する。


「最初は熱海城がいいと思う……」


「お城! いいね! 早速行こう!」


 香乃の言葉と共に足湯を出てバス乗り場に向かった。


 バスに乗る前にバイクを預ける為、俺と朱音先輩は駐輪場に向かった。そこで朱音先輩ははしゃぐように俺に話しかける。


「すごいね。ゆーくん、こんなにモテる人だとは思わなかった」


「モテ期が加速度的に来たんですよ」


「ふふ、それにしてはあまり嬉しいようには見えないけど」


「まあ……嬉しいという感情より戸惑いってのが勝ちますよね」


 そう言うと朱音先輩は少し言葉を溜めて、


「この女たらしめ」


 と低い声で言った。

 それに対し俺は大きなため息をこぼし口を開く。


「失礼だな……」


 童貞ですよ——。

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