40話 西園寺さんと俺

 西園寺さん……この人はどうして俺にそこまで拘るのだろう。

 俺以外にもきっといい人はいるはずなのに。

 というかこの人が俺を好きになった理由が未だに疑い深く感じる。

 

 "見た目で人を判断していないから"


 だったかな。

 いやいやいや。バリバリ見た目で判断してますよ。

 むしろ俺は他人と比べ、あまり人に興味を持てないから内面を見ようとはしない。


 西園寺さんが思うこととは逆だ。

 合コンの時、彼女に興味を示さなかったのも、俺自身、見ず知らずの他人に興味を持たなかったからだ。


 きっと、西園寺さんは俺を誤解している。


 その誤解を解けば、きっと彼女は俺から離れていく。


「ねぇ、ゆうくんってどんな服が好きなの?」


 少し酔ったような彼女が聞いてくる。

 だが俺は静かに口を閉じていた。


「最近ネットで見たんだけど、"童貞を殺す服"だったかな。ああいうのがやっぱ好きなの?」


 モデルの仕事を生で見て深く思った。

 彼女はこんな俺と一緒にいていい存在じゃない。もっと社会的地位が上の人といるべきだと。


「今度着てあげよっか? このブラウスとロングのスカート」


 こうして俺と居酒屋で同じ卓に座ってはダメなんだ。


「あ、そうだ! 今度デートしよう! 私、ゆっくりアキバ回りたいんだよね! 前は全然だったし! ね? アキバならいいでしょ?」


 言うんだ……!


「ゆうくん、いつ空いてる?」


 言え……!!


 彼女の為にも!!


「西園寺さん……」

 

 自身を納得させたエゴと意地のような勇気を振り絞って俺は声を出した。

 

 彼女は目を丸くして俺を見た。


「ここでハッキリ言うよ」


 ハッキリと自分の言葉で言う。

 それが俺が彼女の為に出来る、ただ一つの善行だ。

 きっと間違いはない。

 拳を強く握りしめた。


「俺は今後、君のことを……」


 様々な話し声が飛び交う店内で俺は彼女に届くように言葉を投げた。


「好きにはならない」


 言った。


 言ってしまった。


 冗談混じりな感じでも迷惑そうな感じでもなく、本気のガチトーンで。


「え……?」


 ほろ酔いだった彼女の顔が一気に酔いが覚めたように普段の色を取り戻す。


 そんな彼女に俺は続けて。


「ごめん」


 振った。

 すると、彼女はグラスを置き、俯きながら俺に問う。


「なんで……なんでよ……」


「俺は君の思うような人間じゃない」


「それでも! ゆうくんは私を!!」


「ごめん……」


 涙声に後ろめたさを感じつつも俺は彼女の為と思い、口を開けた。



「俺は君に……興味がないんだ」


 

 その一言を聞いた途端、西園寺さんは固まった。

 俺はそれを黙って見ていた。

 ほんの数分だったけど俺はそれがまるで精神と時の部屋のように1秒が360倍にも感じた。

 そして———。


「そっか…………」


 そう言い沈黙を破った西園寺さんは立ち上がり、一万円札だけ置いて俺から離れていった。

 

 まるで俺から逃げるように。


 これでよかったんだ。

 これで彼女はもう俺の目の前に現れない。

 それはお互いにとっても良いことだ。

 俺はオタクで、彼女はモデル。

 その二つが上手くいくはずなんてないんだ。

 これでよかったんだ……これで。


 一つの自分にとっての問題が解決したのに、気持ちはスッキリとしなかった。


 むしろ…………。


 

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