39話 ウインクって2次元だと死ぬほど可愛いのに3次元だとなんかこれじゃない感がすごい


「あーー」


 仕事終わりの帰り道。

 駅前の繁華街を歩きながら俺は死にそうな声を出していた。

 今日は仕事中もずっと上の空だった。

 

 だって今朝"あんなこと"があったから。

 

 ほぼ裸だった姫咲さん……俺、本当にやったのかな。

 いやいや、俺にそんな度量も勇気もない。

 自分からは絶対しない。

 じゃあ姫咲さんから?

 いやいや、あんな大人しそうな人が自ら男を誘うとは到底思えない。


 じゃああの状況はどうなって起きたんだろう。

 あと俺が無意識下で言ってしまった"お姉ちゃん"という言葉……それを聞いた姫咲さんの反応……すごく妙だ。


 はぁ……酒が入っていたせいか昨夜の事は全然思い出せないし、一体何があったんだ。


 果たして俺はまだ童貞なのか……!!


「はぁ……」


 溜息をこぼす。

 すると———。


「エレナちゃん! いいねーー! すごく魅力的だよ!」


 噴水がある広場で西園寺さんが写真を撮られていた。

 いや、撮られていたというか撮っているのか。


 何してんだろう。


 少し離れて様子を見る。

 カメラマンに様々なポーズや表情を要求されてそれに答えている西園寺さん。


「今度は少し前屈みになった上目遣いでこっちみて!」


 西園寺さんはその通りのポーズをとる。


 あの人マジで何やってんだ。


 モデルじゃあるまいし……あ、そう言えばあの人パン屋兼モデル業だった。

 その初期の設定を忘れていた。

 にしても……。 


 いつもかまってちゃんのように俺に絡んでくる西園寺さんだったが、こうしてモデルの西園寺さんを見ると改めて感じる。


 やっぱりこの人、すごい美人だな。


 きっと色んなイケメンや金持ちから言い寄られているはずなのにどうして俺なんかに興味持つのかな。

 美人が陰キャに好意を抱くなんて漫画だけの話と思っていたのに。

 

 どうして俺みたいな奴に……。


「あ」


「あ」


 西園寺さんと目が合った。

 

「あ、すいません、ちょっとお手洗いに行ってきますね」


 そう言い、場を離れてこっちに寄ってくる。

 

「あれ、どうしたの? ゆうくん」


「い、いや。たまたま通りかかっただけだ」


「そっか! だったら少し待ってて」


「え!」


「撮影終わったら、一緒にご飯でも行こう」


 それだけ言い残し、カメラマンの元へと去って行く。


「あ、おい」


 断る隙もなかった。

 ったく……。


 撮影が終わるまで俺は遠く離れたベンチで座っていた。

 相変わらず勢いがすごい人だ。


 にしてもこの状況を気まずいと思っているのは俺だけなのか。

 昨日、カフェからみんなを置いて逃げ出したのに。

 まさか、そんな俺に怒りをぶつけるために残したのか!!

 モデルという地位を利用してネットで俺のことを呟き、社会的に貶めるつもりなのか!

 やばい、どうしよう……。

 逃げるか! いや逃げてもネットという荒波から逃れることはできない!

 ならば向き合うしかないのか!


「お待たせ」


 サングラスにマスク。顔を隠した状態で現れる。まるでアイドルのようだ。

 まあ似たようなもんだが。

 

「何食べたい? 今日は私が奢るよ。今日の撮影で結構貰えたし」


「え!? いやいや僕が奢りますよ!」


「え、そう?」


「もちろん! 今日は僕が支払います! 昨日のこともあるし!」


「それなら、ごちになりまーす!」


 ということで近くの居酒屋に行くことになった。


「「乾〜〜杯」」


 お互い生ビールを頼み飲む。

 こうやって西園寺さんと飲むのも最初の合コン以来か。

 あの時はまさかこんな関係になるとは思わなかった。

 俺が西園寺さんに好意を持たれ、それから逃れようとする関係になるとは……。


「昨日はすまなかった」


 乾杯の直後に俺は謝罪した。

 すると。


「何に?」


 西園寺さんが頭を傾げる。


「いや、昨日突然、逃げたことに対して」


「あー。別に私はなんとも思ってないよ」


「そっか、それならよかった」


 あれ? てっきりみんなに怒りを買っているもんだと思っていた。


「だけど、香乃ちゃんと湊ちゃんは相当怒ってたけど」


「は!?」


「次、ゆうくんに出会ったらネットに写真あげて社会的に制裁を加えるって」


 現代的な暴力。

 まさかあの2人からされるかもしれないとは。


「2人にも謝っておかないとな」


 しかし。

 どうして西園寺さんは何とも思ってないのだろう。

 だって相当な修羅場で勇気を持って告白したのにその告白した男が"おっぱい"と訳の分からないことを呟いて逃げていったんだぞ。

 普通なら到底許せないことなのに、どうしてこの女はこうして笑顔で俺と酒を飲んでいる?

 もしかしたら西園寺さん、本当は俺のこと好きじゃなくて、ただ遊んでいるだけ?

 聞いてみるか。


「西園寺さんは怒ってないのか?」


 酒から勇気をもらい聞いてみる。

 西園寺さんはつまみの枝豆を食べながら答えた。


「怒ってないよ、だって。ゆうくん、結局誰も選んでないから——」


 選んでない……?


「選んでないってことはまだ、私と結ばれる可能性があるってことだよね!」


 そう言い俺にウインクする。

 この女……。


 まだ……。


 まだ……!!


 俺を諦めていない……!!

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