35話 正義は勝つ


 星川の告白と共に発した宣戦布告により、場が凍り付く。


 俺のモテ期はとうとうこんなJKまでも狂わせたのか。

 もう面倒くさいとか嬉しいとかの単純な感情じゃない。


 恐怖。畏怖。阿鼻叫喚。

 ここまで来たらもはや自分のモテ期を恐ろしく思える。

 

 女神様、急に俺に微笑み過ぎないじゃないか。もっとこう、普通でいいのに。ほのかちゃんみたいな子に好かれるだけでよかったのに。こんなヤンデレ属性持ち合わせた女の子、複数は童貞の俺にはきついって……。


「ごめん、後輩ちゃん……それはできない」


 星川の台詞の次に発したのは香乃だった。


「私もゆうちゃんのこと好きだから、これだけは絶対誰にも譲らない」


 香乃の奴、迎え撃つ気だ。

 さらにさらに。


「それは私も同じ。私もゆうくんのことが好きだから、ここで引き下がるわけにはいかないかな」


 西園寺さんも参戦。

 こんなどうしようもないキモオタ取り合ってどうするんだよ。

 3人が睨み合う三巴の中、不意に肩身を狭くしている姫咲さんと目が合った。

 こんな状況に巻き込んでしまって申し訳ないという気持ちで俺は軽く頭を下げた。

 すると姫咲さんを顔を赤くして微笑んで返す。

 嫌な顔をしてもいいのに、こんな時まで愛想笑いを作れるなんて健気だな。


「それならちょうど良いです。ここで先輩に誰が好きなのかハッキリさせましょう」


「い、いいよ!」


「望む所よ」


 本人を置いて勝手に話を進めるヒロイン達。


「さあ、答えて先輩、誰が好きですか?」


「それはもちろんほのか———」


「あ、この前みたいにアニメのキャラはなしね」


 西園寺さんにほのかちゃんを禁じられる。

 クソォ。

 

「答えて! ゆうちゃん!」


 3人に迫れる。

 くっ……どうする……適当に答えるか。いや、そんな人の感情を踏み躙ること、俺にはできない……。

 じゃあ3人ともノーと答えるか。ダメダメだ、滅多撃ちされる。いや、それならむしろ!!


「み、みんな同じくらい良いと思ってるぜ」


 平和的発言。

 これでどうや。

 だが、そう言った瞬間、三方向から殺意が飛んだ。


「先輩……」


「ゆうちゃん……」


「ゆうくん……」


「ヒィ!!」


 死ぬッ!!

 

 本能が悟った。これ以上、冗談言ったら本当に殺される。


 選んでも地獄。選ばなくても地獄。

 人の恋愛感情とはここまで人を追い詰めるものなのか……。


「先輩!」


「ゆうちゃん!」


「ゆうくん!」


 3人が今にも襲いかかろうとしている目つきで俺を見る。

 喉が異様に渇く。

 しかし目の前にあるコーヒーすら飲めないほど事態は緊迫としていた。

 

 次の一言で恐らく今後の俺の未来が……決まる。


 一気に体が老けていくのを感じる。

 

 選択。最初の。最後の。

 

 生への執着と不可避の死との境界で、かつてなくめまぐるしく働いた脳細胞がふと、目の前にいる姫咲さんに視線を合わせた。

 先程見た時と変わらない、オドオドとした様子だったが、脳細胞が示したのはそこではない。

 彼女の体。それもどんな男性も自然と目がいくほどの豊満の乳。

 さらに脳裏に過ったのはあの日触れた感触。この場から離れたいという逃避的思考と生きたいという生存本能が混在した結果、常に心の奥にあった性への執着が目覚める。

 それに感化され、自身の欲望から導き出したのは通常では選択し得ない回答であった。

 


「……おっぱい?」


「「「え!?」」」


 驚く3人。さらに。


「ぶっ!!」


 それ以上に姫咲さんが飲んでいたコーヒーを吹き出すほど感情をあらわにした。


 こんな大変な場面で大変なことを言ってしまった。

 

「俺は……俺は……俺は……」


 気づく。

 人とは窮地に立たされるほど、真の己が出るという。

 では、この誰が好きかという回答に対して出た"おっぱい"という言葉。

 これは自身にとっての本音。


 結局、誰かが好きというよりも俺はただおっぱいが好きなだけだったんだ……。

 

 この事実を突き付けられ、目の前が真っ白になった。

 ここまで己とは、自分とは、醜く、下衆な存在だったとは……。

 

 俺は……


 俺は……


 俺は……



「ごめん———」


 お金だけ置いて、俺は逃げるようにカフェを飛び出した。

 

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