34話 新宿事変 その3

 星川の唇が近づく。

 おいおいおい、フリだよな?

 流石にフリだよな? 

 

 しかし、星川が止まらない。

 このままあと数センチで俺の唇に到達する。

 ……今の表現気持ち悪いな。


 と自分の心の声に突っ込んでいる場合じゃない。

 どうしてここまでこいつ本気なんだよ。

 別に俺の為にここまでしなくてもいいのに。

 いや、まさかこいつ———。


 星川が接吻しようとした、その時。


「あ、あれ……何してるの?」


 トイレに行っていた姫咲さんが帰ってきた。


 姫咲さんの登場により、星川の手が止まる。

 俺は咄嗟に星川を放した。


「また出てきた……」


「ゆうくん、どんだけタラしなのよ……」


 西園寺さんと香乃が呆れたように言う。


「あれ……誰ですか? この人達」


「はぁ……」


 溜息をする。

 収集つかなくなった。仕方ない。もう無理だな。


 俺はみんなに席につかせて事の始まりから終わりまで正直に話した。

 

「なんだ……やっぱりそう言う事だったんだ」


「ああ、騙して悪かったな」


「私達を遠ざけようとあんな嘘をつくなんて酷いよ!」


 珍しく怒る香乃。

 まあ確かに二人には酷いことをした。

 だがしかし、それぐらい俺も追い詰められていたということ。

 このこと伝えたいけど伝えたら余計ややこしくなるだろうな。

 俺は大人になり、黙った。


「私がトイレに行っている間、そんなことになってたんだ……」


「なんか、姫咲さんも巻き込んだ感じでごめんなさい」


 姫咲さんに謝ると西園寺さんと香乃がまた、俺に鋭い視線を送る。


「それで、ゆうくん。この女性は誰なの?」


 笑顔だけど裏に怒りが隠されている。

 西園寺さん、さっきの星川と同じみたいだ。女って本当、二律背反だよな。


「この人は俺の部屋のお隣さんだよ」


「ど、どうも」


"お隣さん"というワードを聞いた途端、すぐに表情を緩める西園寺さんと香乃。


「はじめまして、春野 香乃です。ゆうちゃんがいつもお世話になってます」


 母ちゃんか。


「西園寺エレナです。変に疑ってしまってごめんなさい」


「い、いえ……」


「あなたも、ごめんね」


「あ、いえ別に……」


 演技がバレてからどうもしおらしい星川。

 演技……さっきのは本当に演技だったのだろうか。もしかして本気で……いやいや、ないない。やっぱりこいつの考えていることはようわからん。

 にしても。


「「「「「………………」」」」」


 急に沈黙し始めた場。

 そりゃあそうだよな。だって5人中2人は普通に帰る前の一服としてカフェに入っただけで、また別の5人中2人は勢いに任せて追いかけてきただけで、最後の1人は純粋にカフェに来たのに巻き込まれただけだもん。

 何話せばいいかわからないよな。あまりカオスという言葉で片づけたくないが、これほどカオスな状況もそうそうないだろう。

 うーん。しかし、こうなってしまったのは俺の責任。ここはギャルゲーで培った会話術で場を和ませますか。


「突然だけど、みんなってオナラした時その屁を嗅いだりす———」


「あの!!」


 俺の渾身の会話を星川が阻む。


 そして———。


「私は先輩のことが好きです」


 告白する。


 …


 …


 …


「は?」


 皆、目を丸くした。

 俺自身はさらに口をポカンとした。


「おいおい、まさかお前がここまで役者魂があるとは思わなんだ。だけどもう良いんだ。全部バレちゃったしさ。付き合わせて悪かったな。振りでもこんな俺の為に色々してくれてありがとな」


「振りではありません!」


「え?」


「先輩の彼女の振りをしようとしたのも、今日デートしたのも私の本心です。私は最初から先輩と近づきたくてやりました。先輩とエレナさん達の仲を裂こうとしたのも、私が……先輩のことを好きだから……」


 顔を隠そうと下を向きながら話す星川。

 今日のデート、それに先程の接吻未遂……薄々は感じてはいたが、こいつ……本当に……。

 周りも固唾を呑みながら星川の告白を聞いていた。


「お、おい……」


「だから!!!!」


 星川の肩に手を置いた途端、星川が急に顔を上げた。

 その表情はいつもの天使モードでも小悪魔モードでもない。真っ直ぐで何かを決意した、素の星川のように俺には見えた。

 だが、その顔の方向は告白した俺にではなく周りに座る彼女達に向けていた。

 

 そこから、星川は3人に告げた。


「姫咲さん、エレナさん、香乃さん、私の邪魔しないでください」


 宣戦布告とも取れる言葉を——。


 

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