32話 新宿事変 その1
新宿駅前のカフェで偶然、姫咲さんと出会った。
「神原くん……こんな所で会うなんて奇遇だね……」
「そうですね。職場ここら辺なんですか?」
「いや……ちょっと会議があってね」
「そんなんスね!」
二人で話していると星川の視線を感じた。
見ると眉間を寄せて少し不機嫌な様子だった。
「その子は、神原くんの彼女さん?」
「いや、ただの職場の後輩です」
「はい、"ただの"後輩の星川です!」
"ただの"を強調して自己紹介する星川。
ニコニコしているから外面良い天使モードだが、やっぱり機嫌が悪そうだ。
「ほっ……あ、はじめまして姫咲です」
年下にも律儀に挨拶する姫咲さん。
「そ、それじゃあ、お邪魔みたいだし、私行くね……」
空気を読んでこの場から離れようとする姫咲さんだったが。
「あ、どうせなら姫咲さんも一緒にどうですか? せっかくのご縁ですし」
星川が呼び止める。
「え、でも……」
「他の席も空いてないみたいですし、どうぞどうぞ」
確かに席はほとんど埋まっていた。
店内を見渡し、姫咲さんは渋々俺達の席に座る。
「ごめんなさい、お邪魔しちゃって」
「いえいえ、先輩のお友達なら私もお友達になりたいなーと思って」
星川の奴、何を考えていやがる……?
星川、姫咲さん、俺で席を囲み、無言でコーヒーを飲む。
なんかよくわからないけどすごい気不味いな……。
「姫咲さんは先輩のレンタル彼女なんですか?」
星川が沈黙破りJKのノリで変なことを聞く。
そういえばこいつ、そんなことを疑っていたな。
星川の突然の不躾な質問に姫咲さんは動揺をあらわにする。
「え、ええ……」
「おい、こら急に変なことを聞くから困ってるだろ」
「えーだって!」
「ち、違うよ」
小さな声で否定をすると、星川はニヤリと笑みを浮かべる。
「だったら先輩とはどういう関係なんですか?」
「え!?……えと……ただのお隣さん?」
姫咲さんが目で訴えかける。
うーん。確かにその通りだけど、ホテルまで行って胸まで揉んで、一緒にアニメを見たならそれはもうただの隣人ではない気がする。
やはりそれはもはや……
「友達だ!」
少年漫画の主人公のように言い放った。
しかしまたしてもその細かいネタは星川に伝わらず、無反応だった。
でも、姫咲さんは。
「そう、友達!」
頷いて反応してくれた。
やっぱりこの人とは気が合う。
「へー陰キャの先輩にこんな美人のお友達がいるなんて思いませんでした」
星川がジーと姫咲さんを見る。
姫咲さんが現れてから星川の様子がどうもおかしい。
やっぱりこいつ何か変なことを考えているな……。
俺が睨むと星川がこっちの視線に気づき、「ふふ」と笑い、そして———。
「でも、友達だったら……どうして"あの時"二人でホテル街にいたんですか?」
「「!!」」
俺と姫咲さんの体からビックリマークが出た。
こいつ、まさか二人でホテル街を歩いている所まで見ていたのか!!
それを知っていてあえて姫咲さんを留めさせたのか。
変に誤解されるのは姫咲さんに悪い。ここは全力で誤解を解かなくては。
「あ、あれは二人で歩いていたら気がついたらあそこにいたんだ!」
あれ? なんか新たに誤解を生んだような。
「ふーん。気がついたらいたんですね」
軽蔑の視線。
しまったな。
「わ、私ちょっとお手洗いに……!」
居た堪れなくなり、その場から離れる姫咲さん。
やっちまった。
「お前、あれ本当に違うからな! ただ偶然、たまたま出会って駅に向かって一緒に帰ろうとしただけだからな! 俺と姫咲さんはただの友達! それ以上でもそれ以下でもない!!」
「はいはい。わかってますよ。それくらい」
「え?」
こいつのことだからイジってくるかと思ったが……。
「だけど先輩。あの人、先輩のこと友達として見てないですよ」
「は?」
「あの人……先輩のこと"異性"として見てます」
鋭い目つきをしながら俺に告げる。
「いやいや。そんなことはないって友達とは言ったが初めて話したのもつい最近だし、それに……」
二人でホテルに行っても何もなかったしな。
「いえ、私にはわかります。あの人、私がただの後輩だと知った時ホッとした表情をしてました。それに……あの人、先輩を見る時"女"の顔になってました。間違いありません」
「女の顔って……」
もともと姫咲さんは女だぞ……。
何言ってんだこいつ?
「よく分からんが、俺達をからかうのはもうやめてくれ」
ったくせっかく築いた俺と姫咲さんの友好関係を潰さないで欲しい。
「別にからかってなんか———」
「あーいた! いたよ! エレナちゃん!」
「ようやく見つけた」
この声は……。
カフェの入り口を見るとそこには西園寺さんと香乃がいた。
次から次へと一体何なんだよ!!!!
心の中で思いっきり叫んだ。
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