31話 イキっている時、自分がイキっているという自覚を持てないの残酷だよな


「じゃあ、僕これからアイシスのライブあるからこれで!」


 と星川のことなんか忘れて生き生きと去っていく下田くん。

 あ、そう言えば今日、新宿でアイシスのミニライブがあるって言っていたな。


「あ、なら俺も———」


「先輩」


「うぎゃー!」


 星川に足を思いっきり踏まれる。


「何すんだよ!」


「何、デート放り出して行こうとしてるんですか」


 あ、そうだった。


「ちょっと、疲れました。向こうのカフェで少し休みましょう」


「あ、ああ」


 そう言い俺たちは近くのカフェに入った。


 お互いコーヒーを飲みながら一服して落ち着く。

 

「さっきはありがとうございました」


「ん?」


 急にお礼を言われる。


「あれ? 俺何かしました?」


 異世界転生のイキリ主人公のような顔を向ける。

 しかし、そんな細かくて伝わらないモノマネを星川は華麗にスルーする。


「あの時、助けてくれて」


 あの時……下田くんが迫った時か。

 どちらかと言うと彼を助けたのだが、まあいいか。


「別に。ただ一人の大人としての行動したまでだ」


「ふふ。変にカッコつけなくてもいいのに。だけどあの時、嬉しかったです」


 星川がジッと俺を見る。

 少しの笑みを浮かべながら。

 その表情はずるい。

 3次元否定派の俺もそんな顔を見たら、可愛いと思ってしまうじゃないか。


「ったく……魔性の女め……あんなウブな少年を誑かすなんて。オタクの失恋はマリアナ海溝よりも深い傷を負うんだぞ! それに重いという理由で振るのもいかがかなものかと」


 愚痴愚痴文句を言ってコーヒー口にする。

 流石の星川も申し訳なさそうに肩を狭くする。


「あの時、嘘をつきました」


「え?」


「下田を振った理由、実は違うんです。本当は別に好きな人ができたからなんです」


「へー」

 

 学生ってなんであんなころころ色んな人と付き合うんだろうな。

 中学、高校の時も思ったが、同じクラスで色んな男女が毎月取っ替え引っ替えで付き合っていたな。あれ今思えば異常だったよな。俺が付き合うということを重く考えているだけかもしれないが、にしても別の人と付き合いながらも同じクラスにいるのって気まずくないのか。それっぽいスクールカースト上位なら誰でもいいのかよってずっと思っていた。

 でもそう言う奴に限って早期に結婚して幸せな家庭を気付き、そういう奴を嫌悪していた奴が婚期を逃し一生独身とかになるんだよな。

 不条理で成り立つのが世の常だぜ。


 という意味を込めて出た「へー」という言葉だった。


「………………」


 そんな曖昧な返事をしたせいか、沈黙が生まれた。

 お互い一杯コーヒーを口にする。


「ねぇ、先輩……今日楽しかった?」


 急に話題が変わり切り返しがきかず曖昧な返事をする。


「え、あーまあうん」


「私、すごく楽しかったです。下田と付き合っていた頃は私が合わせていたから……でも今日は久々に本心で楽しめました」


「そいつはよかったな」


 俺の貴重な休日は潰れたが、それで一人の少女が楽しめたのならばいいか。

 正直星川のこと苦手だったが、今日でその苦手意識も克服できた。

 恐らく素直な彼女の一面を知ったからだろう。

 

 全くちょろいな……俺。


「ねぇ先輩……」


 突然、顔を赤らめてモジモジし出す星川。

 トイレかな。


「なんだ?」


「もしよかったら、よかったら……」


「?」


「よかったら、本当に私と———」


 星川が何かを言いかけようとしてその時———。


「あれ、神原くん?」


 最近聞いた声がし、振り向くとそこには


「あ、姫咲さん!」


 スーツ姿の姫咲さんがコーヒーを持ちながら立っていた。



 

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