第二章 「菊乃家」


随分と通りを進んだ。

足も疲れてきている。


とりあえず通りの端まで行く気だったが、少し背伸びをして先をみると通りは果てしなく続いているようだった。


通りに終わりがないのか?


また別の鳥居が左手に見えた。

(12丁目)と書かれている。周りを見渡すと少し前から通りの雰囲気が変わっていることに気づく。


いままで通りには出店があったのに今はそれが無くなっている。その代わりに軒並み居酒屋のような店が並んでいた。


喉も乾いていたし、少し休みたいと思いお店に入ることにした。

並んでいる店を見ていると、それぞれ店の横に看板があり、

「居酒屋 橋本」「半ベえ」「魚飲」など

どれも昭和を思い出させるような名前の店ばかりだ。


その中でも「菊乃家」という店を見つけた。

居酒屋の中でも酒の種類が豊富で居酒屋とバーの間のような店だ。

外観は少し古く、天井も低いが何故だか「菊乃家」という店の名前に惹かれて店に入った。


中に入るとカウンターがあり、やはりバーのような作りになっていた。

そこには先客が1人だけいた。灰色の甚兵衛を着て下駄を履いて

6席しかないカウンターの手前から4番目の席に煙管をふかしながら男は麦酒を飲んでいた。


「あら、いらっしゃい」


カウンターの向かいに立っていた女将さんらしき女性が言った。

髪は肩くらいで一つに結び、割烹着を着ている。

「あら、いらっしゃい」の言い方にはまるで自分と会ったのが初めてではないような不思議な感じがした。


「お好きな席にどうぞ」

つづけてそう言われ、カウンターの手前から2番目に座り、男とは1席間をあけた。


「麦酒をください。」

私がそう言うと、


「はい、ただいま」と女将さんは言い、キンキンに冷えた麦酒を注いでくれた。

グラスの周りには水滴がついていて一つ、また一つとグラスの下に落ちていく。


「あんた何か悩み事かい?」と甚兵衛を着た男が煙管を加えたまま話しかけてきた。


「ああ、いえ。ただなんとなく。ぼーっとしちゃいまして。」

愛想笑いをしながら言った。


「そうか!あんちゃん俺と乾杯しようか!元気がでるぞ!」

男はそう言いながらグラスをこっちに差し出してきた。


また変なのに絡まれたと思いながらも男と乾杯をした。

男はとても陽気で、笑うと大きく口をあけてその度に目が線になるのだった。

悪い人ではなさそう。というのが感じ取れた。


「あんた今日はいつもよりこの魔界が賑やかなのは何でか知ってるか?」

男が尋ねてきた。


「いえ、実はこの通りに来たのは今日が初めてでして。いつもより賑やかなのはどうしてですか?」

と聞き返した。


すると男は大きな口を開けて笑いながら

「そうか!あんた初めてなのか!今日は縁日だからさ!」

そう言って麦酒をグイっと飲み干した。


私は心の中で、縁日なのは通りに入った時から分かる。全然答えになっていないな。と思いながら、「ははは」と愛想笑いだけしておいた。


男は麦酒をおかわりしていたが、私は自分のグラスに麦酒を残したまま

女将さんに、

「すみません、お勘定お願いします。そろそろ帰ります。」

と言った。

酒でどうにか気分が晴れると思ったが、その考えはやはりやめておいた。


すると女将さんは

「あら、探し物はもう見つかったんですか?」と聞いてきた。

私はそれを聞いて少し不気味に感じた。

「いえ、もともと何も探していません」そう答えると、

「そうですか、では、帰られる前に25丁目に居る鏡月さまに会えば何か分かるかもしれませんよ」と言った。


皆のいう探し物ってなんだ?と思いながら、もう少し通りを詮索してみたい気持ちもあったので、その鏡月さまという人に会ってから帰ることにした。


店を後にしてからどうして皆、口を揃えて探しものというのか?探し物などないのに。そもそも別にこの通りに来たかったわけでもない。

もともとの目的地を思い出そうとするが、なぜか思い出せない。

なんだか急に怖くなってきて、ここにいる人達が人ならざる者のような気がしてきて

鳥肌がとまらない。足がすくんで前に動けない。


頭上の提灯は明々と灯っているが、よく見ると何やらトカゲのようなものが中で

ずっと動いている。それが影となって地面に写っているため、足元に無数のトカゲが蠢いているように見える。

動けずに固まっていると、


「ふふふっ」という可愛らしい声と共に先ほどすれ違った金魚柄の浴衣をきた少女が横をすり抜ける。

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