第4話 魚怪
「アァ......アァ......」
扉を破壊して現れたバケモノは,呻き声のような音を出しながら2本の足でゆっくりと男の方へと歩みを進める。体は鱗のようなもので覆われており,頭部は魚のような見た目をしていた。体長は2mを超えているだろうか。俺たち二人は目前に現れた異形に混乱していた。
「成功だ......!」
呪文のようなものを唱えていた男は現れた魚頭の怪物を喜んで出迎えていた。
(まずい,逃げなきゃ......。)
この異常な現場にこれ以上いてはいけない。隣のエリは顔面蒼白になりながら男と魚怪を見ている。なんとか男と魚怪にばれないようにエリを連れてこの場を脱しようと考えを巡らせていると,信じられない光景を目にした。
『バクッ』
男は頭から魚怪に食われた。血しぶきをあげながら残った下半身が倒れる。
「ヒッ......。」
隣にいるエリが声をあげないように必死に自分自身の口をおさえていた。逃げなければ死ぬ。その確信があった。俺は小声でエリに話しかける。
「エリ,逃げよう!このままじゃ俺たちも食われる!」
しかし,エリは立ち上がることなく震えながらこちらを見て目で訴えかけてきた。どうやら腰がぬけて動けないようだった。
魚怪が移動を開始する。魚怪は真っ直ぐ出口へと向かっており,どうやら俺たちは目に入っていないようだった。こうなればバレないようにじっとしているのみだ。死への恐怖で体が震えて物音を立てそうになるのを必死におさえて耐えた。そうしていると,魚怪はまたも扉を破壊して,廃教会の外へと出て行った。
「はぁ......はぁ......。」
俺たちは九死に一生を得た。エリが動けなかったことで隠れるしかなかったのだが,結果的にこれが正解だったのだろう。逃げ出そうと動いて魚怪の注意をひき,襲われていたらと思うとゾッとした。 そうして身を隠してじっとしたまま10分くらいが経過した。
「エリ,立てるか?」
「う,うん......。」
エリをなんとか立ち上がらせ出口へと向かう。早くここから立ち去らなければならない。まだ近くに魚怪が近くにいるかもしれないため,慎重に外の様子を伺った。見たところ魚怪の姿も気配も無かった。どうやらもう周辺にはいないようだ。俺はエリを支えながら廃教会を離れようとする。
廃教会近くの駐車場の横まできたところで,離れたところから数人が廃教会へ向かって走ってくる足音が聞こえた。一瞬魚怪が戻ってきたのかと思ってしまい,とっさに駐車場の車の影へと隠れた。足音的にどう考えても先ほどの魚怪ではなかったため,隠れる必要はなかったと思い,助けを求めようと車の影から出ようとしたのだが,現れたのは普通の集団ではなかった。
(なんだ......あいつら......。)
現れたのは怪しげなローブをまとった5人組だった。魚怪が破壊して扉が無くなった廃教会の中を見て,ローブの5人組は会話をし始めた。
「遅かったか!先走りやがって!」
「唯一の1本だったのに!彼が死んだことで複製が不可能となった!」
「いや,まだ被検体がいる!」
「そうか!被検体を確保できればまだ希望がある!」
「ならば残っているかもしれない手がかりを探そう!」
そんな話をしながら,ローブの5人組は廃教会へと入っていった。食われた男の関係者だったのだろうか。よくわからない発言をしていた。
今のうちにここを立ち去ろう。もう恐怖心で震えるだけとなっていたエリを支えながらこの場を後にし,なんとか俺たちはマンションまでたどり着いた。家へと無事に帰れたことで安堵し,力が抜けた。
しかし,安堵したことで冷静となり,ひとつの恐ろしい事実に気が付いた。
(この町に......人喰いのバケモノが解き放たれた......?)
俺たちの親しみ深い見慣れたこの町は,人喰い魚怪が跋扈する恐怖の世界へと変わってしまったのだった。
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