第4話 優しさの理由

 街灯で照らされた夜道を二人の高校生たちが横に並んで歩く。

「結局、収穫なかったね」と男子高校生の姿になった松葉芽衣は、車道側を歩く少女と顔を合わせ口にした。

「そうなんだよなぁ。分かったのは、あの男はタバコを買うためにコンビニに寄って、そこから出てきた時に加村優とぶつかり、あのブレスレットを落としたっていう経緯だけ。男は急いでコンビニから真っすぐ走っていった」

「……ってことは、歩いてコンビニに寄ったみたいだから、やっぱり、その人、近くに住んでるのかな?」

 加村優の姿になった松葉芽衣が首を傾げ、唸り声を出す。

「でも、あのコンビニでバイトしてた河瀬さんは、あの男は初めて会った人だって言ってた。ってことは、あの男は近くに住んでいないのかもしれないな。ただ、タバコが切れて、コンビニに駆け寄っただけだったとしたら、河瀬さんの証言は正しいことになる。だとしたら、どこにいるのかも分からない男を2日以内に探さないといけないことになって……」

 松葉芽衣の声で推理を口にする加村優の隣で、少年はクスっと笑った。

「なんか、名探偵みたいだね。そういえば、気になってたんだけど……」

「気になってた?」と疑問に思う優(見た目は芽衣)の隣で見た目が男子高校生の芽衣はジッと、元の顔の少女を見つめた。

「どうして、そんなに優しいの?」


 その疑問に呆気に取られた優は芽衣の目を点にした。

「入れ替わりについて気になっていることがあるのかと思ったら、そっちか!」

「マジメに気になってるんだから! さっきのコンビニだって、優しくコーラを差し出してくれたし、車道側を歩いてることも気になる。まるで、車から私を守ってるみたい……」

 追求され、松葉芽衣の姿の加村優がその場に立ち止まる。


 ここは素直に気持ちを明かした方がいいのか?


 でも、初対面の間柄で好きという気持ちを伝えたら、ダメなのではないだろうか? 


 堂々巡りな脳内で相反する考えがぶつかり合う。そんな芽衣の姿になった優の前で、優の姿の芽衣は右手を振った。


 その瞬間、松葉芽衣はハッとした表情になり、背筋を伸ばした。

「あっ、思い出した。黒いワンボックスカーだ! あの男を追いかけたあの時、俺の真横を黒いワンボックスカーが前から追い越して行った。一瞬だったから、ナンバーまでは覚えてないけど、もしかしたら、あの車の中にあの男が……」

「その車にその人が乗ってたとしたら、コンビニとは逆方向に進んだことになる。車だったら、どこまでも行けるから、捜索範囲が日本中、いや、世界中になるかもしれないじゃない! どうしてくれるの?」

 芽衣が優の目で元の姿の少女の顔を睨みつける。それに対して、優は少女の両手を左右に振った。

「そんなこと言われても困る。それに、まだあの車に乗ってたっていう可能性があるってだけで、断定はできないんだ。あの男を見失った理由は、最近引っ越してきたあの男が、近隣の住宅に帰ったからかもしれないし……」

 悲しそうに優の目を伏せる芽衣の前で、芽衣の姿になった優は、目の前に見えた元の自分と同じ顔の少年の頭に右手を優しく置く。

「大丈夫だって」

「なるほどね。加村くん、あなたのことが分かったわ。あなたは優しくて、頼りになろうとしてくれる。そんな人なんだ」


 優の顔で優しく微笑んだ芽衣と顔を合わせた少女の姿の優の頬が赤く染まる。


「いきなりなんだよ! えっと、毛利荘はそこのコインランドリーを右に曲がって、真っすぐ進んだらあるから。白い壁で三階建てのマンションな。一応、看板もあるから、分かりやすいと思う」

「そうなんだ。じゃあ、加村くん。道案内ありがとうございました。私の体でエロいことしたら、許さないから!」

 優の姿の芽衣がビシっと自分の右手の人差し指を立てる。その仕草を見て、芽衣の姿になった優は首を縦に動かす。

「ああ、信じてくれ……って、これ、別れ際に言うセリフか?」

 中身が優の少女が疑問に思っていると、コインランドリーの前に立った中身が芽衣の少年が一歩を踏み出し、互いの体が見えるように向き合った。


「じゃあね。♪」と右手を左右に振った少年が少女に背を向け、一歩を踏み出す。その後ろ姿を少女は見送り、「ふぅ」と息を吐き出した。


 そんなふたりの様子を、コインランドリーの中で、学ランを着た少年は見ていた。







「202号室。ここだね」と加村優は呟き、目の前に見えた黄緑色のドアノブに手を伸ばした。

 突然入れ替わってしまい、男子高校生の加村優として、元の姿に戻るまで、この部屋で暮らす。中身が女子高生、松葉芽衣であることを知らない男子と共に一つ屋根の生活の始まり。

 不安が襲われた芽衣は優の顔を左右に振り、エコバッグを左手で握ったまま、ドアを開けた。


「ただいま」と同居人に明るく挨拶を済ませ、玄関で靴を脱ぐ。

 その直後、黒いジャージ姿の七三分けの少年が、スマホ片手に、優の元へ駆け寄った。

「おい、優。お前、どういう心境の変化だ?」

「徳郎。何のこと? 頼まれてたコーラとプリン買ってきた」

 訳も分からず、優の姿の芽衣はエコバッグを徳郎の前に差し出す。

「隣の部屋の久留米くるめがコインランドリー前で見てたんだ。お前と松葉さんが一緒にいるの。そこで松葉さんと別れたお前は、その足でここに戻ってきた。どういう心境の変化だ? 今までのお前は、松葉さんと言葉を交わすことすらできなかった。それなのに、お前は、さっきまで松葉さんと一緒にいた。すごい進歩じゃないか!」

「えっと、意味が分からないんだけど……」

「優、とぼけんなって! お前は、やればできるヤツだったんだ!」

 バシバシと幼馴染の肩を徳郎が強く叩く。

 その一方で、優の姿の芽衣は困惑の表情を浮かべた。


 同居人の話が全く理解できない。


 松葉芽衣になった少年は、なぜか優しくて、危ない車道側を歩いている。


 あの行動の意味は……



 いつもと同じように考えを巡らす幼馴染を気にせず、徳郎は優から受け取ったエコバッグを机の上に置く。


「なんか、悩んでるみたいだけど、まあ、いいや。とりあえず、風呂上りのプリンは格別だな!」

 楽しそうに笑う徳郎が机の上のエコバッグを開け、中身を取り出す。 

 その瞬間、徳郎は首を傾げた。

「あれ? プリンが二個入ってる。珍しいな。優がプリン食べるなんて。いつもは次いでにエクレア買ってたのに……」

「ああ、偶にはプリンを食べて見たくてな」と笑ってごまかす優のズボンの中でスマホが震えた。







 

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