第3話 聞き込み
キレイな満月が夜道を照らす。公園から少し離れた道路上で、松葉芽衣は手の中にある加村優のスマホを見て、「あっ」と声を漏らした。
その反応を見て、近くにいる加村優は松葉芽衣が握っているスマホ画面を覗き込む。
「どうしたの? その反応」と首を傾げながら、距離を詰めてくる加村優の姿の芽衣に対して、中身が優の芽衣は顔を赤くして、視線を逸らした。
「ちょっと、徳郎からのLENEだ。追加でコーラも買ってこいだって」
「えっと、徳郎って誰だっけ? 男子の名前に疎いから分からないわ」
「同じクラスの福坂徳郎。俺、加村優の幼馴染で、毛利荘のルームメイトだ」
「ももももももっ、毛利荘!!」と驚き大声を出した加村優の姿の松葉芽衣が目を見開く。
「おいおい。そんなに驚くなよ。他県からこっちの高校に通ってる男子が住んでるだけの寮だ。寮監も兼ねてる毛利先生も優しいし……」
「そんな問題じゃないわ。毛利荘と言えば、男子専用の学生寮。そんなところに、中身が女子高生の私が放り込まれるってこと? それに、一度も話したこともない福坂くんと一つ屋根の下での共同生活。酷いわ。こうなったら、今すぐにでも戻るしかないじゃない!」
冗談ではないと訴えるような目で、加村優の姿の松葉芽衣が、ポケットから取り出してみせた銀のブレスレットを適当に触れた。
だが、何の反応もなく、芽衣は優の顔で溜息を吐き出した。
「やっぱりダメ。何にも起きない。じゃあ、今晩は、松葉芽衣の自宅に泊まるっていうのは、どう?」
「無断外泊禁止だから、無理だ。因みに、毛利荘は女子禁制だから、どんな理由があっても、松葉芽衣の姿になっている俺は立ち入ることはできない」
「そんなぁ」と肩を落とした優の姿の芽衣の前で、優は芽衣の顔で苦笑いした。
「まあ、徳郎はすごくいいやつだから、すぐに仲良くなれるはずだ」
「ううう。男子だらけの汗臭い檻に放り込まれた女子。そんな生活に耐えられるわけないじゃない。ああ、可哀そうな私」
「汗臭い檻なんかじゃないぞ! ウチの毛利荘はどっかの学生寮とは違って、全室風呂が完備されてるから、不特定多数の男の裸は見なくて済むし……って、この発言はデリカシーに欠けてたかもしれん」
「あっ、そうだった。加村くんは福坂くんの頼みで、コンビニまでおつかいに出かけてたんだったね。そういうことなら、すぐに行かないと」
ようやく自分のやるべきことに気が付いた芽衣は優の姿で両手を一回叩く。
「それじゃあ、一緒に行くか? そろそろ行かないと、門限の八時に間に合わないかもしれない。因みに、門限破ったら、翌日、校庭二十周走らされた後に町内のごみ拾い一時間だ。まあ、ルームメイトの徳郎も連帯責任で同じペナルティを課されるけどな」
「何よ。その罰ゲーム厳しすぎ! 中身女の子なんだから、手加減してほしいわ……って、加村くんも一緒に来るの?」
「ああ、毛利荘の場所は分かりにくいからな。一応、スマホのゴーグルマップで住所入力したら、大体の場所は分かるけど。あっ、因みに加村優は202号室に住んでるからな。それに、コンビニに行くのは、あの男に関する情報を入手するためだ。あそこに行けば、何か思い出せるかもしれない」
「へぇ。道案内してくれるんだ。あっ、私の家、ここだから、覚えといてね。赤い屋根の一軒家。松葉っていう表札が目印!」
加村優の顔で明るく微笑んだ芽衣が、スマホの画面をタッチする。
すると、松葉芽衣の手の中にあった加村優のスマホに通知が届く。
そのまま住所が表記された画面タッチすると、マップアプリが立ち上がり、その場所を示す旗が立つ。
その画面を保存すると、優は芽衣の足を動かし、コンビニに向かい一歩を踏み出した。
ふたり一緒にコンビニの自動ドアの前に立ち止まり、芽衣の姿になった優が右手を前に伸ばす。
「そうそう。ここであの男とぶつかって、あのブレスレットを落としていったんだ」
思い出したように芽衣の声で呟くと、優の姿になった芽衣は首を縦に動かした。
「そうなんだ。そういえば、その男って、どんな人だった? 身長とか細かいことが知りたい」
「黒いトラ柄のジャージを着てて、無精ひげを生やしてた。どこかの暴力団幹部みたいな怖い顔だったよ」
頭を右手で抱えながら中身が優の芽衣が思い出すと、優の姿になった芽衣は首を縦に動かした。
「分かった。じゃあ、コーラ買う次いでに、店員さんに聞いてみる」
「プリンも忘れずにな。徳郎はカスタードプリンが大好物なんだ」
「はいはい。じゃあ、私も買っちゃおうかな? プリン」
「おいおい。その金、俺のだからな」と芽衣の顔で苦笑いした優の前で、加村優になった松葉芽衣が一歩を踏み出す。
自動ドアが開くと同時に、「いらっしゃいませ」と店員たちが声を出す。
そのまま、加村優の姿になった松葉芽衣が、小さな赤いカゴを右手で持ち、デザートコーナーへ足を運び、カスタードプリンを2つ手に取る。そんな彼の前に、一足先に飲料コーナーへ向かっていた松葉芽衣の姿の加村優がコーラのペットボトルを1本差し出した。
「ほら、あと30分で門限……」と優しい眼差しを中身が芽衣の優がプリンを持つ彼女に向ける。
その直後、「芽衣ちゃん?」と語り掛けながら、右方から一人の影が近寄ってきた。
黄緑色のコンビニ店員の制服に身を包む黒髪短髪の少女の胸元には、河瀬と名札が取り付けてある。
その少女と顔を合わせた松葉芽衣の姿の加村優はキョトンとした表情になった。
そんな彼女の右隣で、優の姿の芽衣は小声で耳元で囁く。
「隣のクラスの河瀬さん。同じ中学校で、それなりに仲良いの」
ヒソヒソ話を始めている二人の前で、河瀬は不思議に思う。
「芽衣ちゃん。珍しいね。男子と絡むなんて。それに、門限のことを気にして、優しくしてた。もしかして、付き合ってるの?」
そう問いかけられ、芽衣の姿の優はギクっと背筋を伸ばした。その右隣で、加村優の姿の芽衣はキョトンと目を丸くする。
「ちょっと、からかわないでよ。まさか、こんなところでバイトしてたなんて、知らなかったわ」
「芽衣ちゃんには、ここでバイトしてるの話してなかったしね」
「あっ、そうだった。20分くらい前に、黒いトラ柄のジャージ着た男がここに来たよね? その人のこと知らない? その人、ブレスレットを落としていったから、届けたくて……」
「ああ、あのタバコ買ってきた人ね。初めて会ったから、よく分からないわ」
「そうなんだ……」と情報を聞き出した優が芽衣の顔でチラリと右隣に見えた元の自分の顔を見つめた。
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