第2話 チェンジ 後編

 星々が光る夜空の下、公園の芝生の上で、加村優は目を見開いた。

 いきなり両肩を掴んできて、こちらを覗き込んでいるのは、加村優と同じ顔の少年。

 まるで、鏡でも見ているかのような錯覚に陥った優の驚き顔を覗き込んでいる少年は、掴んでいた両肩から手を離し、優の両頬をペタペタと触り始めた。


「うん。この感触、鏡じゃないね。まるで、私、そっくり……って、何? この声?」

 少年の喉から発せられたのは、加村優の声。

 スマホではなく、銀色のブレスレットを握っている右手。

 いつのまにか履いていたズボンの右ポケットにそれを仕舞ってから、右手で喉に触れた少年の肌が青く染まっていく。


 あるはずがない喉仏け。


 股間に生えている何か。



 驚き目を見開いた優そっくりな少年の前で、加村優は首を傾げた。


「お前、誰だ?」

「そっちこそ、誰? なんで、私と同じ顔なの? もしかして、ドッペルゲンガー?」

「それはこっちのセリフだ」

「ねぇ、その男っぽい言葉遣い、やめてよ。松葉芽衣は俺とか言わないから!」

「松葉芽衣はって、どういうことだ? 俺は加村優だ!」


 全く話が噛み合わない。苛立ちを覚えながら、優は頭を掻いた。その瞬間、優はハッとして、深呼吸した。


「ちょっと待て。一度落ち着いて、整理しよう。俺の目の前にいるのは、加村優そっくりな誰かで……」

「違うよ。私の目の前に松葉芽衣そっくりな誰かがいて……ってもしかして……」


 嫌な予感が頭を過り、互いの青い顔を見つめあう二人は、同時に結論を導き出した。


「まさか、入れ替わってるのか?」

「そうみたい。でも、こんなことって……」


 優の姿の芽衣が不安顔になる。丁度その時、芽衣になった優の前方から多くの足音が響いた。薄暗い静かな公園に懐中電灯の光が揺れ、人影が優たちの元へ駆け寄ってくる。


「こっちの方で何かが光ってたんだよな? 山田」

「はい。そうっすよ!」と答えた若い警備員の制服を着た男が優の前に立ち止まり、懐中電灯で周囲を照らす。眩しい光に照らされた優と芽衣は思わず目を瞑った。

「おいおい。何にもないじゃねぇか。いるのは、お互いに見つめあってるラブラブな高校生カップルだけだ」

 いつもと同じ風景の下で、もう一人の警備員が、顔を赤くして優たちの姿を見つめた。

 その瞬間、恥ずかしくなった優は芽衣の顔で赤面し、視線を逸らす。

「ラブラブカップルって、お……」と言い切るよりも先に、優の姿の芽衣は自分と入れ替わっている男子の頬を抓り、耳元で囁いた。

「人前で俺とか言ったら、変な子だって思われるでしょ?」

「おっ……お兄さんたち。お仕事頑張ってくださいね♪」

 

 なんとか軌道修正を済ませた芽衣(中身は優)はホッとしたような表情を浮かべた。そんな彼女の前で、芽衣は優の顔で微笑み、彼女の右肩を優しく掴んだ。

「さあ、そろそろ帰ろう」

 そう促した優の姿の芽衣は、警備員たちに頭を下げ、公園の出口に向かい歩き出した。

「ちょ、ちょっと待って!」

 その後ろ姿を芽衣の姿になった優は、右手を前に伸ばし、追いかける。




  静かな公園から出て行き、街灯のある道路に移動した男子高校生の姿の芽衣が立ち止まった。そこに芽衣を追いかけてきた女子高校生の姿の優が息を切らして、駆け寄る。


「はぁ。はぁ。待ってくれ。松葉さん。帰るってどこに帰るんだ?」

「えっと、加村くんだっけ? あれはあの場から逃げるための言い訳だよ。そういえば、私たち、なんで入れ替わったんだっけ?」

 加村優の姿になった松葉芽衣が首を傾げる。それと同時に、優は芽衣の口で唸り声を出した。

「うーん。突然、コンビニで拾った銀色のブレスレットが光り出して、気が付いたら、入れ替わってた」

 記憶を手繰り寄せ、額に右手を触れさせた芽衣(中身は優)の前で、優の姿の芽衣は首を捻り、ズボンの右ポケットから問題のそれを取り出してみせた。

「ああ、これね。確かに、私もそんな記憶があるし、何か強い光を見たって公園の警備員さんが言ってたから間違いないと思う。このブレスレットが放ってた強い光を浴びたら、入れ替わっちゃったみたい。でも、なんで?」

 訳も分からず唸り声を出す優の姿になった芽衣の前で、松葉芽衣の姿の加村優は「あれ?」と銀色のブレスレットを見つめ、首を傾げた。

「松葉さん。そのブレスレット、なんか模様入ってなかったっけ?」

「あっ、そうそう。赤と白の二重螺旋模様が入ってた。でも、これにはそれがない。どう見ても、シンプルな無地の銀色ブレスレットだよ」

 入れ替わる前と後。模様が消えた銀色のブレスレット。

 もしかしたら、そこに元に戻る方法が隠されているのかもしれない。そう思い始めた二人の姿を街灯が照らす。




「それで、これからどうするんだ?」

 芽衣の口で優が問いかけると、優の姿になった芽衣の目が真剣なものに変わる。

「もちろん、元の姿に戻るに決まってるでしょ? もう一度これの模様を浮かび上がらせて、光らせたら、戻れるかもしれない。ところで、これ、どこで手に入れたの? なんか、コンビニで拾ったって聞いたけど」

「ああ。コンビニの前で怖い顔のオッサンとぶつかってな。そのオッサンがそれを落としていったんだ。慌てて返そうと思ったけど、見失って、これから警察に届けるつもりだった」


 芽衣の口で優が事情を明かすと、優の姿の芽衣は、ふむふむと首を縦に動かした。

「じゃあ、その人を見つけて、元の姿に戻る方法を聞き出したらいいんだ。月曜日まで二日もあるし、その間にその人を見つけて、月曜日からいつも通りの体で高校に通いたい。ということで、スマホ出して!」


 優の姿の芽衣は、制服のズボンのポケットに両手を突っ込み、ごそごそと動かす。

 その仕草を見て、芽衣の姿になった優は目を点にして、右手で握っていた芽衣のスマホに視線を向けた。

「スマホって……松葉さん、何を?」

 困惑する自分の顔を目にした芽衣は、溜息を吐き出し、右のポケットから優のスマホを取り出し、月明りに照らした。

「ファイフォン12。青い手帳タイプのスマホケースが付いてるけど、色は黒。私も同じ機種だから好都合だね。じゃあ、加村くん。スマホ交換しよっか」

「はい?」

「フェイス認証かパスワード入力で開くように設定してあるんでしょ?」

 何か問題でもあるのかと問いかけるような優の顔と対面した芽衣の姿の優は首を捻る。

「悪い。まだ分からないんだ。松葉さんの真意が」

「スマホは個人情報の宝庫だからね。松葉芽衣の姿になった加村くんでも覗き見する権利はないのだよ。フェイス認証は使えないけど、パスワード覚えてるなら、入れ替わってしまった今の姿でも、問題なく使えるでしょ?」


「うーん。確かに松葉さんの言う通りだけど、でもなぁ。松葉さんが加村優のスマホを使ってたら、変じゃないか? それに、電話はどうする? 今の松葉さんに元の松葉芽衣の声は出せない。ホントにこれでいいのか? でも、松葉さんの気持ちも分かるし……」

 ブツブツと松葉芽衣の声で呟く加村優の前で、加村優の姿の芽衣はクスっと笑った。

「加村くんって、面白いね。考えが堂々巡りしてる。まあ、電話はスルーすればいいよ。まあ、松葉芽衣のスマホは滅多に電話かかってこないから、加村くんは困らないんじゃない?」

「ああ、そうなんだな」と短く答えた優は自分が持っていた芽衣の薄いピンク色のスマホケースを取り外し、目の前にいる加村優の姿の芽衣にそれを渡した。

 同じように、芽衣から元の姿の自分のスマホを受け取った優は、それを目の前にいる芽衣と一緒に嵌める。


「じゃあ、次は連絡先交換を……」

 そう優の口で発した芽衣が取り戻した自身のスマホを左右に振る。


 それから優の姿の芽衣は、慣れた手つきで自分のスマホを操作し、芽衣の姿になった優の前に差し出した。

 画面にはQRコードが表示され、芽衣(中身は優)は自身のスマホでそれを読み取る。


 そうして、画面に表示された彼女のIDを瞳に映しだした優は芽衣の顔でウットリとしたような表情になる。

 その直後、優の手の中にあったスマホに通知が届いた。


 

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