とりらぶ〜優柔不断な俺と成績優秀な私が付き合ってるって噂があるけど、それは誤解です〜
山本正純
第1話 チェンジ 前編
「本日の連絡事項は特にありません。強いて言うなら、掃除当番の人、忘れずに教室掃除しといてね♪」
教卓の前に立つセミロングの女教師が明るい表情で、着席している生徒たちに呼びかける。
そんな中で、一番後ろの席にいる黒髪短髪、黒い学ラン姿の男子高校生、
視線の先の窓側の席には黒髪ロングの女子生徒がいる。長い後ろ髪は腰上まで伸ばされ、前髪にはシンプルな青いヘアピンが止まっている。
かわいらしい瞳に、痩せた体型にも関わらずHカップ程度の大きな胸を持つ圧倒的美少女。黒いセーラー服に身を包む彼女に優は見惚れ、頬を赤く染めた。
その間に放課後が始まり、30人程の生徒たちは帰り支度を始める。
丁度その時、優は頭に衝撃を受けた。驚き、顔を上に向けると、七三分けの清潔感のある男子が立っていた。
その同級生、
「徳郎。痛いからやめろ」
「優。今日も話しかけられなかったな。この野郎、早くデートに誘いなよ。早くしないと、その恋心隠しながら、高校生活最初の夏を過ごすことになるぜ」
「うるさいな。まだ心の準備ができてねぇ」
「優。高校最初の夏は一度きりなんだ。それに、来年のクラス替えで
「そりゃ、そうだが、いろいろと考えちゃうんだ。いきなり話しかけられて、ウザイ奴だって思われたらどうしようとか。でも、待ってるだけだと、徳郎の言う通り、あの想いを伝えられないまま卒業だ。どうしたらいいのか分からん。こんな俺が嫌いになるぜ」
溜息を吐き出す優の前で、徳郎は思い出したように両手を叩いた。
「あっ、2週間後、期末試験始まるじゃん。成績優秀な松葉さんに勉強教えてもらいなよ。優、今度の期末試験で赤点取ったら、地獄の夏休み補修と80点取るまでエンドレス再試験だろ? 赤点回避と勉強を教えてもらう友達にランクアップ。一石二鳥の作戦だぜ! なんなら、俺がアテンドしてもいいぜ」
「おいおい。まだ心の準備ができてねぇって言っただろ。勉強は徳郎、お前に教えてもらうつもりだ。お前でも分からないとこは、
そう言いながら、優は教卓の前にいる担任教師の
生徒に人気のある杠先生の周りには、教科書やノートを開いた生徒たちがいて、熱心な表情で彼女に問い詰めている。
「杠先生。ここが分からなくて……」
「杠先生。俺も質問いいか?」
そんなクラスメイトたちの声を聴きながら、優はカバンに教科書やノートを詰めていった。そえから徳郎は、立ち上がった優の前で右手の拳を握り、前に突き出す。
「逃げやがって。おい、優。お前に足りないのは、勇気だ。やらなくて後悔するより、やって後悔した方がいいんだ!」
「はいはい。また寮でな」
いつも通り、軽くあしらう優が廊下に出ていく。
いつも通りな高校生活。あの日、一目惚れした
そんな日常は一瞬の内に壊されていった。
「ああ、クソ。徳郎の野郎、俺がじゃんけん弱いこと知ってるのに……」
その日の夜、薄暗くなった空のコンビ二の自動ドアの前で、加村優は頭を掻いた。
まだ午後7時だというのに、人気のない住宅街。静かな夜は、雲一つない夜空の満月が照らす。
そのまま、自動ドアを潜ろうとした瞬間、コンビニの中から男が勢いよく飛び出した。
正面衝突。優と黒いトラ柄のジャージを着た男の体がぶつかり、反動でお互いの体が後方に数センチ後方へ飛ばされる。
同時に男の右手から、銀色のブレスレットが半円を描き、狭い駐車場の上へ落ちていく。
「クソ。気を付けやがれ!」
舌打ちした無精ひげを生やした厳つい顔立ちの男が、優の顔を睨みつける。
その顔を見た優は思わず、身を震わせた。
銀色に染めたスポーツ刈りの男の右頬には、切り傷が残されている。
そんな風貌の怖い顔を目にした優は、怯えながら頭を下げた。
その仕草を見た厳つい男は舌打ちをして、真っすぐ、走り出していった。
遠ざかっていく男の後姿を見て、優はホッとしたような表情になる。
「ふぅ。危なかったな。恐喝されるかと思った……」
気を落ち着かせ、コンビニの中に入ろうとした瞬間、優の視界の端に、銀色のブレスレットが映り込んだ。赤と白の二重螺旋模様が記されたそれを拾い上げた優は首を傾げる。
「あの反社会的勢力にいそうなオッサンの落とし物か?」
ブツブツと呟きながら、後方へ視線を向けると、既に男の影は優の視界から消えていた。
あれからまだ20秒も経っていない。
男はまだ近くにいるはずだから、落とし物を届けた方がいいかもしれない。
でも、あの怖い男に話しかけたら、逆に恐喝されるかもしれない。
ここは、トラブル回避のために、警察に届けるべきではないだろうか?
コンビニの自動ドアの前で考えを巡らす優は、首を強く縦に動かし、自動ドアに背を向けた。
そのまま、彼は全速力で男が向かった前方の道路に駆け出していく。
とりあえず、男を探してみて、いなかったら警察に届ける。
そう結論付けた優は、周囲を見渡しながら、銀色のブレスレットをズボンの右ポケットに仕舞い、夜の街を走る。
だが、どこにも男の姿はない。
「クソ、見失ったみたいだな。あとで警察に届けよう」
捜索を諦め、頭を掻く彼の横を一台の黒いワンボックスカーが通り過ぎていった。
その直後、加村優の後ろを髪の長い少女が慌てて追い越していく。
黒いセーラー服に身を包む少女の困った横顔を見た優は思わず目を見開いた。通り過ぎていったのは、松葉芽衣。
芽衣は優のことに気付かないまま、目の前の公園の中へと慌てた様子で走り去っていく。
「なんだ?」と疑問に思いながら、優はその場に立ち止まる。
「松葉さんとこんなところで会えるなんて、これは運命か? なんか困ってるっぽいし、追いかけて助けた方がいいのか? でも、こんな夜道で友達でもない俺が声をかけたら、怖がるんじゃないだろうか?」
遠ざかっていく松葉芽衣の後ろ姿を見つめながら、優は小声でブツブツと呟き、考えを巡らす。
そんな彼の頭に、徳郎の声が蘇った。
「逃げやがって。おい、優。お前に足りないのは、勇気だ。やらなくて後悔するより、やって後悔した方がいいんだ!」
「ああ、そうだな」と小声で呟く加村優は松葉芽衣の後ろ姿に視線を向ける。
少年の顔からは迷いが消え、彼は彼女を追いかけた。
「うーん。確か、この辺だったと思うんだけど……先に管理事務所に行った方が良かったのかな?」
木々が生い茂った薄暗い公園の芝生の上で、松葉芽衣はライト替わりに明るいスマホを地面に照らした。
そのまま、彼女はキョロキョロと周囲を見渡し、数秒後、芽衣の背後に優が静かに歩み寄った。
「松葉さ……」という男の声を聴き、ビクっと背中を伸ばした芽衣が怯えるような顔で背後を振り向く。
同時に、スマホを男の顔に向け、芽衣は同い年くらいの少年の素顔を見た。
「えっと、誰? 警察呼ぶよ」
「ちょっと待ってくれ。俺だって。同じクラスの加村優。ほら、松葉さんと同じ高校の男子の制服も着てるし、生徒手帳だって……」
慌てて両手を横に振り弁明した優は、学ランの胸ポケットから黒色の生徒手帳を取り出してみせた。
それを渡された芽衣は、生徒手帳を開き、最初のページにある学生証の顔写真と目の前にいる男子の顔を見比べる。
「うーん。そんな子いたっけ? でも、学生証には私と同じ1年3組って書いてある」
「認識すらされてなかったのかよ。ショックだわ」
頭を抱え、溜息を吐き出す優は、顔を真下に向けた。すると、芝生の下でキラリと何かが光り、優は目を丸くした。
「あっ、動かないで。良かった。こんなところに落ちてたんだ」
安堵したような表情で、芽衣は芝生の上に腰を落とし、優の足元に落ちていた何かを拾う。
「えっと。松葉さん。何か探してたみたいだけど、一体何を?」
疑問に思った優が首を傾げると、芽衣は首を縦に動かす。
「家の鍵。今日、お母さん、夜勤の仕事に出かけてるから、これないと家に帰れなかったんだよね」
「ちょっと待てよ。なんで、こんな公園に……」
「ところで、ズボンの右ポケット、なんか光ってるよ」
「えっ?」と驚き、芽衣に指摘された右ポケットに優が視線を向ける。
そのまま、優は右ポケットに手を突っ込み、厳つい男が落としていった銀色のブレスレットを取り出した。
「おかしいなぁ。さっきまで光ってなかったはずなのに……」
その瞬間、満月の光に照らされたブレスレットが強い光を放った。
それを浴びた優と芽衣の目が眩み、二人の視界が真っ白に染められていく。
芝生の上で加村優は目をパチクリとさせた。
仰向けになった体を起こし、周囲を見渡すが、彼の目にはいつもと同じ公園の風景が浮かぶだけ。
「なんだったんだ。さっきの。えっ?」
疑問に思いながら、優は無意識に右手を上げた。その瞬間、彼の思考回路は停止する。
喉から出たのは、松葉芽衣の声。
持ち上げているのは、スマホを握った細い少女の右手。
真下に視線を向けると、大きく膨らんだ胸。
何かがおかしいと思い始め、戸惑う中、優の前に何かが迫った。
両肩をいきなり掴まれ、驚く優が口をあんぐりと開ける。
優の目の前に飛び込んできたのは、加村優だった。
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