第5話 なんでここに杠先生が⁉
スマホを右手に握った髪の長い少女が、街灯に照らされた夜道を歩く。
「この辺りだと思うんだが……」と松葉芽衣の声で呟く加村優は、握られたスマホに視線を向けた。
画面には地図が表示され、右端には19時55分という時刻が刻まれる。
もうすぐ20時になろうとしている。
そう認識しながら、芽衣の姿になった優はキョロキョロと周囲を見渡した。
すると、後方に赤い屋根の一軒家が見えてくる。
「松葉さんの自宅は、赤い屋根の一軒家だったな」
ボソボソと呟く加村優は松葉芽衣の姿で、後方にある一軒家に向かい一歩を踏み出す。
黒い玄関のドアの前に立ち、近くに設置された表札には、松葉の文字。
「やっぱり、ここみたいだな。あっ、家の鍵!」
思い出したように両手を一回叩き、制服のスカートの内ポケットに手を入れ、鍵を取り出す。
そのあとで、優はドアノブに手を伸ばした。そのドアを引いた瞬間、なぜか閉じられていたはずのドアが開く。
何かがおかしい。
今日は松葉さんのお母さんは夜勤で不在のはず。
それなのに、鍵で開けたはずでもないのに、開くドア。
疑う優は芽衣の顔を強張らせた。
「まさか、空き巣か?」
イヤな予感を浮かべた優は周囲を見渡す。だが、右に見える駐車場には車は一台も停まっていない。
「少なくとも、松葉さんの家族は帰ってきていないってことは、やっぱり空き巣だ」
緊張感から冷や汗を落とす優は、気配を消し、玄関のドアを開けた。
音も立てず、靴を脱ぎ、110と入力した電話画面のスマホを握り、警戒しながら、一歩ずつ慣れない家の廊下を歩く。
そんな彼女の前に一つの影は首を傾げながら、ゆっくりと前から近づいた。
「芽衣ちゃん。どうしたの? そんな怖い顔して……」
どこかで聞いたような声を耳にした芽衣の姿の優はハッとして、前方に視線を向けた。
その先には、黒いスーツに身を包むセミロングの担任教師。
「なんでここに杠先生が!」と驚く芽衣の姿を見て、杠叶彩はクスっと笑う。
「杠先生って、家ではそんな呼び方しなくていいのに。一応、LENEしたのに既読付いてないから、驚かせちゃったのかな?」
杠叶彩が自身の右手に握ったスマホ画面を覗き込み、微笑んだ。
「……あっ、そうそう。家に帰ってきたら、玄関の鍵開いてて、空き巣じゃないかって疑っちゃったよ」
芽衣の姿の優が適当に誤魔化す。そんな彼女を疑わない杠叶彩はスマホをスーツの右ポケットに仕舞い、両手を合わせる。
「ほんと、ごめんね。彼氏にデートをドタキャンされたから、予定よりも早く帰ってきちゃった」
「かっ、彼氏!!」
驚き大声を出す芽衣と顔を合わせた叶彩が首を捻る。
「あれ? 話してなかったっけ? 合コンで知り合った会社員と付き合ってる話」
「聞いてない……ような気がする」
ホンモノの松葉芽衣がこのことを知っているのか分からず、加村優は芽衣の口で曖昧に答えた。丁度その時、芽衣の姿の優の右手の中でスマホが震えた。
慌てて確認した優の目に、LENEの通知が映り込む。
「あっ、ごめん」と一言断った芽衣の姿の優が叶彩に背を向け、メッセージアプリを開いた。
『ごめん。叶彩さんからメッセ届いてるの忘れてた。今から叶彩さんのメッセに既読付けるから、テキトーに誤魔化しといて!』
ホンモノの松葉芽衣から届いたメッセージを目で追った優は文字を打ち込む。
『了解。そういえば、聞いてなかったけど、松葉さんの部屋ってどこだっけ?』
送信ボタンを押した芽衣の姿の優は、杠叶彩の前でスマホ画面を覗き込む。
「あっ、叶彩さんからメッセ届いてたの今気づいた」
思い出したように呟いた芽衣(中身は優)が既読を付けるフリをする。
そんな仕草に騙された杠叶彩は、首を縦に動かした。
「うん。まあいいや。まだ夕ご飯食べてないんでしょ? 冷蔵庫の中にあるハンバーグ、温めようか?」
「いや、いいよ。それくらいできる……」
そう言葉を返そうとした瞬間、優のスマホにホンモノの松葉芽衣からメッセが届く。
『二階の突き当りの部屋。クローゼットの中に金庫あるけど、絶対に開けないで。それと、その体でエロイことしないこと! お風呂に入ってもいいけど、あまり体をジロジロ見ないこと! パジャマは選択済みのピンク色のチャック柄のが洗面所に置いてあるから、それ着て。下着の付け方は、スマホで調べろ。あと、シャンプーは……』
細かすぎる長文メッセージを目で追った芽衣の頬が赤く染まる。
そんな彼女の反応を不思議に思った杠叶彩は目を丸くする。
「珍しいね。芽衣が恋する乙女みたいな顔するなんて。もしかして、好きな子でもできた?」
杠叶彩からの問いかけに、芽衣の姿の優は慌てて両手を振った。
「夢みたいだと思っただけだから。こうやってスマホでメッセを送りあうような関係になるなんて、昨日までは思っていなかった」
思わず本音を口にしてしまった芽衣の顔に焦りが宿る。一方で、芽衣の答えを聞いた杠叶彩は、腕を組む。
「なるほどね。その子と今日、連絡先を交換したんだ。今日の終礼まではそんな顔してなかったから、連絡先を交換したのは放課後から今までの時間に限定される。どう? 私の名推理!」
「……せっ、正解。ごめん、叶彩さん。2階に上がってるから」
芽衣に姿になった優は目を泳がせ、急いでなぜかいる担任教師から離れ、駆け足で階段を昇り切った。
それから、突き当りに見えた部屋の木目調のドアを開け、彼はその中へ飛び込む。
四畳半のフローリングの床。ドアを開けた真正面には、クローゼットがあり、近くにはシングルベッド。窓辺にはキレイに整理整頓された学習机がある。
初めて入った女の子の部屋に緊張しながら、足を踏み入れた優は溜息を吐きながら、ベッドの上に腰かけた。
丁度その時、芽衣の姿の優の右手に握られていたスマホが震える。
慌てて画面を覗き込むと、加村優からの着信を示す文字が飛び込んできて、芽衣は慌てて応答ボタンを押した。
「もしもし。加村くん。今大丈夫?」
スマホから元の自分の声を聴いた優は芽衣の首を縦に動かす。
「ああ、今、松葉さんの部屋にいるんだが……」
「そう。あっ、私はベランダに出て話してる。周りには誰もいないから」
「なるほど。それで、杠先生とどういう関係なんだ? なんか一緒に暮らしてるみたいだけど……」
「ああ、従姉だよ。一か月くらい前に、叶彩さんが住んでたマンションが火事で全焼しちゃったの。それで、次の住居が決まるまで、松葉家に居候してるんだよ。今日は夜遅くに帰ってくるって聞いてたから、すぐに伝えなくてもいいかなって思ってた」
「えっと、つまり、松葉さんは杠先生と一つ屋根の下で暮らしてた?」
「そうだよ。あっ、このこと、学校のみんなには内緒ね」
衝撃の事実に「マジかよ!」と大声を出そうとする気持ちを押さえた優は、芽衣の首を左右に振る。
「それで、何の用だ?」
「明日、一緒にカラオケ行きたいんだけど、いい? 服装は制服でいいから。加村優の名前でネット予約したら、駅前のとこで午前11時からなら大丈夫だってさ」
突然の誘いに、優は芽衣の姿で動揺して、口元を左手で覆った。
「えっ、ああああああ、いいいい」
震える答えに対し、芽衣は優の声でクスっと笑った。
「動揺しないで。その声聞いてたら、私も変な気持ちになるから。それと、クローゼット開けて右側に、青色の手提げ袋があると思うから、それ忘れずに持ってきて! じゃあね。松葉さん」
有無を言わさず、通話が途切れ、優は芽衣の体をベッドの上に仰向けに倒した。
そんな芽衣の頬は、ゆでたタコのように赤く染まっていた。
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