√1話

実家を出た。

18年以上お世話になった母と父、妹に別れを告げ家を出て一人暮らしを始めた。

妹は私が出ていく最後の最後まで心配そうな顔をしていた。そりゃあ家でのだらけっぷり見ていたら心配もする。

家事は愚か、生活リズムすらままならないと思っているのだろう。

私は妹とは違い、新生活に期待していた。1人暮らし。仕事。今までとは遥かに違う生活が始まることに胸を弾ませていた。


弾ませた胸が期待ではなく、絶望だったことに入社して数週間で思い知った。

入社してすぐに上司からパワハラを受け、抗議したところをもっと上の上司に叩き潰された。

間違ったことは言っていなかった。ただ周りの社員は暗黙の了解に目を瞑り、口を閉ざした。

結果、1ヶ月ほどで初めて入社した会社をやめた。


1ヶ月だけ、父母から仕送りが送られてきていた。

そのお金と高校生時代にバイトでためた貯金を切り崩し生活した。

目には生起がなく、生きていることが苦痛だった。

悪いことをしていないのに、悪いこととして扱われた苦痛を初めて思い知った。

これが社会。

現実逃避を繰り返した。

1ヶ月ほどで体重は6キロ以上落ちた。

筋力も弱まり、重い荷物は持てなくなった。

やがて、妹が私の家に遊びに来た際、意識不明の私を見つけた。

病院に運ばれ点滴を打ち、目が覚めた時には目の前に医者と看護師、家族がそこにはいた。

「重度のストレス、栄養不足」

病院から家に戻るまで数ヶ月。

家に戻ってからも、まともに生活するまで1年以上かかった。

今頃、同級生は大学楽しんでるかな?

そんな想像をすることすら酷だった。


2年も経つとまともに生活できるようになった。

新たに職を探そうかとも思ったけど、その意欲はわかなかった。

どうしても過去のトラウマを払い除けることができなかった。


気分転換を兼ねて、外に出かけた。

妹同伴で。

2年ぶりに行った都会には見たこともない建物が何個も並んでいた。

普段は家にこもって生活してるせいで夏の日差しは体に毒だったのかすぐにバテてしまった。

「あっつい。」

近くにあるベンチに腰掛け、冷たい飲み物を一気に飲んだ。

妹とは逸れてしまった。

久しぶりの人混みにどうしてもなれなかった。

連絡はとったので、しばらくしたら来ると思うが、できれば早くきて欲しい。

周りは辺り一面カップルしかいない。

近くの大学の学生だろう。昼間から。

「ん」

ふと1人のリクルートスーツが目に入った。

夏だというのに袖をたくし上げず、根元のネクタイは緩めていない。わずかに額に汗を掻いているがハンカチで拭った。右手にはPCと資料が入っているであろう鞄。

就活生だ。しかもどこかで見たことがある。

「何してんのあいつ?」

ただその格好には見合わない行動をしていたからどうしても目に入ってしまった。

彼の近くには小さな子供。彼の真正面には服に汚れがついた青年とその彼女。

ああ、尻拭いね。

働いてる頃よくやったよ。

自分のミスではないのに押し付けられたミスをよく謝罪してた。

でも。

彼の場合、自分から子供のミスを庇った。

なぜだ?

見たところ子供と彼は親族ではない。ならなぜ庇う?赤の他人だよ。

私なら嫌なことは避けて生活する。痛いのも、辛いのも、苦しいのも不幸と呼ばれる全てを味わいたくないから。

「すみません。クリーニング代は出すのでこの子を見逃してくれないでしょうか?」

彼が綺麗な90度のお辞儀をする。

「べ、別にそこまで怒ってねぇけどおめさんどうしてこのガキのためにここまでするんだ?」



「そういう気分だったんです。」



「は?正気?」

「世の中大抵のことはその場の気分で成り立ってるんです。今僕はこの子に協力したいと思ったから協力したんです。」

「おめさん、とち狂ってんな。」

「褒め言葉として受け取っておきますね。」

そう彼は笑った。

その後、彼はクリーニング代をしっかり渡し、子供に謝罪させ就活に戻った。

彼の背中は汗まみれでYシャツは透けている。

あれじゃあ、体と服が密着して気持ち悪くなるはずなのに、彼は清々しい顔つきで歩いてどこかに行ってしまった。


それが高校時代付き合っていた元カレだった。

















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