第2話

都内のマンションに住む僕と彼女。

このマンションを離れられないのには理由がある。

単純に立地がいい。

スーパーやコンビニなどの食品から雑貨などを取り揃えた商店街がある。少し歩けば簡単に駅にアクセスできる。その駅も三種類ほどの路線が通っているのでいろんな場所にアクセスしやすい。

街の雰囲気もよく昼間や休日は小さな子供がよくマンション付近にある公園で遊んでいる。

また夜でも人通りも多く、外灯がところどころについている。

そんな立地に立っているマンションの1室はすぐに埋まってしまう。

それに生活的に厳しいものの、この場所だからこそこの切り詰めた生活が維持できていると言っても過言ではない。

今日もまた夕飯の買い出しのために近所にあるスーパーに向かっていた。

夕方6〜6時半の間にセールが行われるためいつも5時50分頃に家を出る。

貧民である僕たちにとってセールとは救いの言葉であり、割引のシールは神からの恵になる。

夕飯は基本僕が作る。出費的には手料理の方がいいのだが、楽をしたい時は惣菜に頼る。今日は楽したい気分。

やりとり、天ぷら、揚げ物。基本そのあたりの揚げ物が安くなった後に弁当やサラダなどが安くなる。

弁当は安くなったとは言え、出費的に痛いのでいつも通りパス。

揚げ物は僕は好きなのだが彼女があまり得意ではないのでこれもパス。

そうなると目的はサラダ、そしてパンだ。

パンは食パンだけでなくクロワッサンやロールパンが入った大入り袋が安くなるので絶対に逃せない。

サラダはとりあえず彩として。後シンプルにカロリーがそんなに高くない。

あとは惣菜以外だと貧民の味方もやしや、薄切り豚バラ肉、豆腐、白菜、だし。

今日の夕飯は一人暮らしをしたことがある人なら共感できるレシピその1「鍋」だ。


スーパーに着くと颯爽と惣菜コーナーに向かった。

鍋の食材は基本セールにならないので後回し。

目を光らせ、店員が値引きをするその瞬間までじっと待つ。

まだ!?まだ!?

値引きを待っている時の僕の気性は荒くなる。

人間誰しも買えるものは安く買いたい。それが本能だ。

だからこそ、じっと目を光らせ、獲物を確実に取りに行く獣のような目で値引きされるのを待っている。

すると惣菜コーナー付近のドアから値下げのシール生成器を持った店員が現れた。

まずは揚げ物付近の値札を張り替える。

次に弁当。さすがの人気で他の獣にどんどん取られていく。でもこれは目当てじゃない。

そしてサラダ。

すかさず手を伸ばし獲物をキャッチする。

が、同時に手を伸ばした人がいた。

同じものをキャッチしてしまったが簡単には譲れない。

「あの、」

「・・・」

30後半ぐらいの男性だろうか。

無表情で強引にサラダを持っていった。

僕の手に握っていたサラダは男性のカゴの中に入り、男性は会計に潔く向かった。


「そーゆーことね。」

「はい。すいません。」

家に帰ってきた元カノに事柄を説明した。

強引にサラダを取られたこと。サラダが取られた時にはパンのセールが始まっており欲しかった商品は残っていなかった。

結果、鍋の材料だけ買って帰ってきた。

仕事終わりで疲れている元カノと、惣菜戦争に負けた僕は二人で鍋を囲んで夕食を食していた。

鍋には白菜、豆腐、薄切りの豚バラ肉が敷き詰められていた。

「別にいいよ。たまにはそういう日だってある。」

「明日の朝食は?」

「いらない。私食べなくてもいけるから。」

「いやいや、ダメでしょ食べなきゃ」

初めて朝食を食べ忘れて出社した日のことは今でも鮮明に覚えている。

学校と違いただ座って勉強しているだけならあまりカロリーは消費しないし、お腹もそこまで減らない。けど実際会社のデスクワークはとてつもないエネルギーを消費する。

会社内の業務もそうだが、多少のストレスなども。消費するものに対して食べる行為で多少なり回復すると思っているからこそ朝食がどれだけ大事なのかがわかっている。

「いいの。」

ただ彼女は頑なに朝食を食べようとしない。

「なんでよ?」

「別に食べなくても生きていけるし、君と会う前は昼食を抜くのが当たり前だったのよ。」

「そうは言っても」

「心配してくれるのはありがと。でも本当にキツくなったらちゃんと食べるから。安心して。」

ちゃんと食べるのであればそれで妥協しよう。

少し不満もあるが、とりあえず鍋を突いた。

「やっぱり出汁を吸ったしなしなの白菜って美味しいよね。」

「わかる。」

それは納得だ。その価値観を持ってない人間はどうかしてる。

しなしなな白菜を美味しいと思った人がいたからロールキャベツって文化ができたんだった。すげぇよ人類。

「はい、あーん」

すると普通に食事をしている僕に向けて彼女が箸に掴んだ白菜と肉を差し伸べた。

「何してんの?」

「何って、あーん」

「は?」

「は?じゃないよ。あーん」

「いや、いいよ。恥ずかしいし。」

「遠慮しなくていいから。あーん」

一言一言に「あーん」ってつけるのやめてくれませんかね。

でも察した。これは素直に食べないと一生やってくるやつだ。しかも食べずに食事が終わったらしばらくの期間無視される未来が見えている。

恥ずかしいが黙って食べるしかない。

「はむ」

ってか、これ間接キスじゃね。

今気づいた。めっちゃ恥ずかしい。これを、あいつが。

「あっつ!」

「あははは!!!」

鍋ってそういうもんだった。熱いんだこれ。

熱々の豆腐。熱い出汁を吸い込んだ白菜。自分の猫舌。

そりゃあ声も上げるわ。

そして元カノ様は大声上げてやがる。

こいつ。

「ごめんごめん。ふーふーしてあげればよかった?」

「小悪魔め」

「いいじゃん小悪魔。かわいらしくて」

「あー、もう!」

少しキレてる。ちょっと短気な部分は正確だ。

人付き合いが苦手だから、あんまりしてこなかったからこそこういう時にどうしていいのかわからない。

少し茶化して終わらせればよかったのか?逆に元カノにもやり返せばよかったのか?今みたいにキレればよかったのか?

正解なんてないのはわかっている。でも、それでも正解を求めたい性格だから。

「ごめんね。ちょっとからかいたくなっちゃって。」

そう彼女は、元カノは僕の頭を優しく撫でた。

先ほどの小悪魔とは一転。聖母のように僕の頭を優しく撫でた。

彼女は本当に僕の扱い方がうまい。

僕がこの状況で何もできないのがわかっているから。

「こっちも、ごめん。」

「ふふっ」

簡単に手玉に取られた。

優しくされたら簡単にくたばってしまう。

こういう性格の彼女だから僕が1ヶ月一緒に生活できたのだろう。

僕は彼女となら苦労なしに生活できるなぁと思った。

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