第1話
カーテンから差し込む朝日と、キッチンに聞こえる物音で目が覚めた。
少し眠気がありながらもベッドから起き上がりパジャマのままリビングに向かった。
「おはよ。」
キッチンにはすでに僕の元カノが立って料理をしていた。
「おはよう。」
「今日は和食にした。」
「和食という名の白飯と梅干し、具なし味噌汁のセットでしょ?」
「まあ、私たちお金ないし。」
都内のそこそこ家賃の高いマンションに職がない男と職がある女が暮らしている。
彼女1人では2人分の生活費を払うことは厳しく毎月貯金を切り崩しながら生活している。そんな生活が1ヶ月ほど続いている。
彼女の同棲を許した時の記憶はない。
なんせあの時
「同棲しない?」
「おぇ」
「だ、大丈夫?」
彼女に言われたと同時に二日酔いが再発し、吐いた。その後、頭痛からその日は一日中動くことができず彼女は僕の看病に当たってくれた。
その流れで今も同棲を続けてる。
絶対あやふやにしないほうがいいのに、自分の奥手な性格が足を引っ張り1ヶ月近くも同棲を許している。
別に同棲が嫌とかではない。ただ意図が納得いかないだけ。
「私、今日帰り遅いから。」
「10時ぐらい?」
「うん。そのぐらい。だから家事よろしくね。」
「了解。」
「いいね。」
何が?
「私とは普通に会話できるようになってきてる。」
「そりゃあ1ヶ月も一緒に暮らしてたら、会話せざる得ないし、君は話しやすいから。」
照れるなこれ。多分不器用な僕の顔には照れのての字も書いてないだろうけど。
「そう。ありがと。」
平日は僕が家で家事やその他諸々をする。彼女は外で働く。その繰り返し。
夕飯は基本的に僕が作り、朝食は彼女が作ってくれる。昼食は昨晩の夕飯の残り。
「これ、昼食」
「いつもありがと。」
夕飯は僕がいつも作っているので昨日のうちからタッパーにつめ、すぐに弁当に盛り付けられるようにしている。
いつも彼女は8時には出勤する。
職場までここから1時間半ほどかかるらしく、8時でも電車が遅延したりすると遅刻しそうになるという。
「行かないの?」
現在時刻は8時すぎ。いつもなら勢いよく家から出ていく時間だが、今日はなぜか少しゆっくりしてる。
「今日はこの辺で1件用事を済ませてから行くから家を出る時間はそこまで気にしなくていいの。」
そういうことか。
「僕は洗濯物干すけど君は?」
「あー、そうだ。ちょっとここ座って。」
そう言って彼女はソファに座り、右隣の空いているスペースをポンポンと手で叩いた。
これは洗濯物は後でいいから、私にかまってという合図なのだろう。
「はいよ。」
「そしたら、こう。」
急に彼女の黒い髪が目の前に過ったと思えば、太腿に重みがかかる。
見ると僕の太ももを枕にしている彼女が居た。
「何してんの?」
下を向く僕と、仰向けになる彼女としっかり目が合う。
そのくせ、髪の毛が妙にくすぐったくて膝の上で彼女が頭を揺らすたび花の匂いがした。
「見てわかるでしょ。膝枕。」
「ああ。」
「何その反応不服?」
不服ではない。彼女のおかげで僕は生活できている身だから、彼女に文句や愚痴は決して言えないし、彼女に不満はないから愚痴を言おうとも思わない。
「いや全然」
「そ、ならよし。」
ただ僕の膝の上で寝るのはどうかと思う。
彼女は基本どこでも寝れる。
電車の中、職場、5分しかない休憩時間。すぐに寝てすぐ起きる。
別に遅刻は心配していない。しっかりしている彼女の性格上家を出る数分前にはしっかり目を覚まして出社するのだろう。
ただ家を出る前だし、服に皺がつくだろうし、こんなこと家帰ってきた後ならいくらでもするのにと思った。
それにこのまま膝の上にいられるといたずらしたくなる。
この無著な顔。いじめたい。
心の悪い部分が出そうになった。
ここ1ヶ月過ごしてて思うが、彼女は僕と住むことのリスクを考えなかったのだろうか?
いい年した男女が一緒の部屋に住む。カップルや恋人なら納得できる。でも彼女はただの元カノだ。つい1ヶ月前はただの他人だった。
最初は感覚が麻痺していたから気づかなかったが、今となっては我ながらとんでもないことを許してしまっている気がする。
恋人でもない相手と喧嘩もせず、よく1ヶ月以上住めているなと自分でも感心している。
「すぅー、すぅー」
「うっ」
寝息を立てて気持ちよさそうに寝ていると僕も眠くなってくる。
このまま寝てしまおうかな。ちょっとぐらい家事をサボっても彼女のせいっていう言い訳ができるし。
「まあ、嘘も言い訳もつかないけど」
どうせ彼女に言ってもバレるだけ。
最近、彼女の暮らしてから気づいたことなのだが、僕はどうやら隠し事が苦手らしい。
すぐに顔に出てしまうらしく、彼女曰く簡単に嘘を付いているのがバレるぐらい単純。多分他人と話してこなかった性格が裏目に出たのだろう。嘘をつく相手がいなければ、嘘を言われる機会も少なかった。
ただ彼女相手に、嘘をついても、言い訳を言ってもメリットがあるわけでもない。それに彼女の中での僕の評価を落とされるのは嫌だから。
「はぁ、」
本当に何してんだろ。
退社してから1ヶ月。
特に何か進展があるわけでもなく、ただ一生のうちの1ヶ月を無駄に消費した。
いい方向に考えれば、今まで生まれてきてから一度も得られなかった誰にも指図されず生きることができた時間だ。貴重な体験だったし、1ヶ月棒に振ったことが悪いことばかりではなかったのも事実だ。
でもそろそろ動かないといけない頃合いだ。
これ以上彼女に迷惑をかけられないし。お金だってないんだから僕も稼いで娯楽を楽しむぐらいのお金を作らなきゃと思う。
「どーすりゃいいのかな。」
自分に嫌気がさす。
前の会社がトラウマで、就職しにくい。でもそれ以上に彼女に心配をかけたくないという思いの方が強くなってきている。
「ん?」
考えごとばかりしていたら指に柔らかい何かが当たった。
自分の指を見てみるとその先には彼女のほっぺがあった。柔らかいそのほっぺを僕は人差し指で突いていたのだ。
柔らかい。癖になりそう。
少し離して、もう一回指を近づけて。
気持ちいい。
これセクハラで訴えられないかな。普通に裁判の場に持っていかれたら負ける気しかしない。
でもこれ以上やりすぎると彼女が起きてしまうかもしれないし、顔を触りすぎると化粧が崩れる可能性があったので手を止めた。
「何してんの?」と彼女が急に声をあげた。
触りすぎたのか彼女が目を開け、こちらをずっと凝視している。
「ほっぺた触ってた。」
「知ってる。」
「じゃあ聞くなよ。」
「そういうことじゃない。なんで私のほっぺ触ってるの?」
「なんとなく」
「ふーん、やましい気分にでもなったのかと思った。」
「やましい気分になんて」
ならない。そう言ったら嘘になる。
「多少はなる。だけど間違いはおきないから安心してくれていい。」
「そ、ふーん。おきないんだ。そっか。」
「なんだよ。」
そう言って僕の顔から目を逸らし、体を起こした。
「もう行くね。」
「うん。行ってらっしゃい。」
思考が止まった。
腕に、胸に温もりを感じた。
抱きしめられた体はいつも以上に熱くそれでいて硬く硬直してしばらく動けなかった。
「行ってきます。」
そう言って僕の体から離れた彼女は家を勢いよく出て行った。
表情がはっきり見えなかったものの、少し赤みを帯びていたのがわかった。
僕の顔は少しどころではなく、真っ赤に染め上がっていた。
わかったのは女の子の体は想像以上に軽くそれでいて柔らかい。なのに想像以上にしっかりしていたことを抱きしめられて初めて知った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます