無職の僕と元カノの同棲生活
MAY
プロローグ
頭がクラクラする。
会社を辞めた翌日。初めて酒を意識がなくなるまで飲んだ。
成人式の際に周りが飲んでいるのを見て自分も数本飲んだが、周りと違いうまく酔えなかったことから自分は酒が強いと自負していた。
家系的には父母はそこまで強くなかったと思っていた。
よくよく考えればどちらもお酒は嗜む程度にしか飲んでいなかった。実際のところは強かったのかもしれない。子供ができて思う存分飲む機会を失ったのだろう。
ビール缶10本ほどでは酔えず度数60%超えの焼酎を飲んでようやく酔えた。
昨日の記憶はほとんどなく二日酔いで頭痛と吐き気が止まらない。
痛い目を見た。
今後酒は自粛しないと今後死ぬなと思った。
とりあえず新しい就職先が決まるまで禁止しよう。
「気持ちわる、」
胃の中のもの全部出てきた気がする。
もう出すものはないのに、ただひたすら胃のなかが気持ち悪い。
視界がくるくる回る。立ちくらみの状態が常に訪れている感覚だ。
ピンポーン
インターホンが鳴った。
普段ネット通販で生活用品はほとんど頼んでいるのでその一種だと思った。
待たせたら悪いと思い頭痛と戦いながらも駆け足で玄関に向かう。
そのまま血相の悪い顔で玄関を開けた。
髪の毛なんてぼさぼさで服も皺が寄っているがそんなこと気にしていられるほど心の余裕がなかった。
「久しぶり。」
玄関を開けた先には高校時代の元カノが立っていた。
友達が居ないからか、他人を家にあげることに慣れていなかった。
とりあえずリビングにあるゴミと昨日飲んだビール缶をゴミ袋にまとめて自室に置き、掃除機をかけ、換気扇を回した。
キッチンや机の上、洗濯物などは妥協してくれると信じて来客を家にあげた。
「どうぞ。」
「ありがと。」
彼女はなんの躊躇もなく、我が家に上がった。
そりゃあ昔からいろんな人とよく話し、コミュニケーションをとっていた元カノは他人の家に上がることに躊躇なんてしないだろう。
だが自分の家に人を初めてあげる僕は二日酔いのことなんて忘れられるぐらい緊張していた。
「多少、汚くてもいいやと思ってるでしょ?」
「まあ、はい。」
おぼつかない返事で返す。
「とりあえずちゃんと片付けよ。この部屋。」
「あ、はい。」
元カノは腰ぐらいまで伸びた黒髪をゴムでまとめポニーテールにし、袖をたくし上げ、前髪をピンで留めた。僕の家を片付ける気満々のようだ。
いきなり来て部屋を片付けるなんて普通に考えたらおかしい。
だが自分の体調が悪すぎてそんなこと考える余裕なんて一切なかった。
その後、
「プラスチックと燃えるゴミと、缶とペットボトルと段ボールと生ゴミと分けて。」
「はい。」
「それ終わったら窓これで拭いて。」
「はい。」
「洗濯機回して。終わったらベランダに干して」
「はい。」
「はい。」という言葉しか使えなくなった僕は元カノに言われるがまま作業するしかなかった。
そこから1時間とちょっと掃除をした。綺麗に部屋の隅から隅まで掃除機をかけ拭き、ゴミをまとめて部屋が清潔な状態に戻った。
そして掃除が終わり、ようやくと元カノに飲み物を出すことができた。
言っても僕の部屋にちゃんとした飲み物があるわけでもないので、ただの氷が入っただけの水だが。
「はー、疲れた。」
ここまで居座っているのに、どこかで必ず聞くタイミングはあった「なぜここに来たの?」と。
そのタイミングを尽く逃している。
コミュニケーションの取り方が大人になった今でもわからない。
仕方がない。今までまともに人と関係を構築してこなかったのだから。
幼少期から、あるいは小学校からちゃんと築いていれば今こうなることもなかったのかもしれない。
会社を辞めていなかったかもしれない。
人生後悔するのは自分の身についていないスキルに嫉妬する時だ。
コミュニケーションスキルなんて今から勉強しようと思っても身につかない。
大人とは学生と違って常日頃周りに誰がいる環境とは違うのだ。
社会での関係なんて上辺だけ。同じ企業という箱の中にいる人間。それに「友人」「先輩」「後輩」などと呼べる存在にあがるほどの価値はない。
ただその最低限のコミュニティの中ですら言葉を出すことができなかったやつは社会のゴミとして扱われるだけ。僕のように。
「なんで私がここに来たのか聞かないの?」
「あ、そうだね。」
元カノはヘアゴムでまとめていた髪をほどき、来客した時と同じような格好に戻った。
「そういうはっきりしない性格も変わらないね。」
そりゃあそうだ。高校卒業して、出会わなくなってからもう5年以上経つ。そんな簡単に人の性格は変わりはしない。
簡単に変われたら苦労なんてしない。
「私はさ、高校卒業してから大学行かず就職したんだ。」
高校2年の終わり頃に彼女とは別れた。
だから彼女の進路は大まかにしか聞いていなかった。
子供と関わる仕事がしたい。人と関わるのが好き。それを仕事にしたい。
そう話していたのは彼女と5年ぶりに話したことがきっかけで思いだせた。
実にいい夢だ。僕のひねくれた安定を取ろうとしか考えていないクソみたいな生活とは正反対だ。
「そこが相当ブラックでね。高卒の私は給料も低いから苦労したんだ。毎日残業。実家の時と違うひどい環境下での生活。辛かったなー」
高卒で就職できる場所なんて大抵そんなものだ。低賃金のクソ企業。
「だから1ヶ月で辞めた。そうしたらどうなったと思う?」
僕の境遇と似ていた。とても。僕は3ヶ月で退社。彼女は1ヶ月で退社。
期間は違いだと何かしら悩みや嫌なこと、気に食わないことがあって辞めた。
「何かも失ったんだ。正確には何もかも失わざる得なかった。大学に行っている友人には顔も合わせることができないから連絡先を閉ざした。父母には申し訳なさすぎて縁を断ち切った。1人になった私はただバイト詰めで生きることが精一杯だった。」
自分の未来を見ているようだった。
はっきりとその絵が頭に浮かぶのだ。精神状態と体力と気力と生力が少しずつ徐々に削がれいき、最終的には自殺する。その未来への道がはっきりできていた。見たくもないのに明確に見えていて、進みたくもないのに勝手に進んでいる自分がいる。
「死のうかなって思った。死にたいと思ってた。死ぬつもりだった。死ぬことしか考えられなくなっていた。死んだ後のことを考えていた。」
目の前が真っ暗になるのだろう。
死に執着してしまった。一度触れた死にたいという感情は簡単に離れてくれない。
「だけど、そんな時にあなたを見た。」
「僕?」
「いつも無表情なあなたが街中で笑ってた。ただそれだけ。でも仮にも高校2年の1年近くあなたと付き合っていて見たことなかったから。愛想笑いじゃない心からの笑顔を。」
「笑ってた時なんかあったけ」
自分にそう問いかけた。
大学生活。ただひたすらに勉強と就職先を探す日々に明け暮れていた気がする。
笑っていられる余裕なんてなかったし、自分が笑っている記憶はない。
「君は覚えてないかもしれない。笑っていた自覚しらないかもしれない。けど私はあなたの笑顔を見てもうちょっとだけ生きてれば楽しいこともあるかもなって思った。だから私は今も生きてる。」
「その恩返しで来たの?」
彼女の弾むような声のトーンとは違い、落ち着いた氷のような声で彼女に問う。
「違うよ。今日は純粋に私が来たかったから来たの。」
「家、なんでわかった?」
「スマホ。ずっと変えてないでしょ?GPSアプリ入ってるの忘れたの?」
そう言って君ははにかんだ。
確かにつけたな高校の頃、君の意思と僕の合意のもと。よくそんなもの覚えていたな。
「それで、ここからが本題なんだけど、」
職を失って、記憶が飛ぶまで酒を飲んで、次の日に元カノが来て
「同棲しない?」
元カノと同棲することになるとは思ってなかった。
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