第20話 戦場のウェアウルフ

 遠くからやってきた敵の集団がマティアスとハンニバルに向けて銃弾を数発発射してきた。何発か2人に命中したが、この程度ならかすり傷だ。


「奴らは私達を生かして返すつもりは無いようだな。気を引き締めて行くぞ」

「俺が今までに遭遇したことも無いヤバい奴の気配を感じるぜ。とうとう敵のボスのお出ましかもな」


 2人は敵の集団の元へ走って行く。特にハンニバルは改造人間として本能的に危機感を感じていた。

 怖いもの知らずだったハンニバルが少なからず恐怖を感じているということは、この先に強大な敵がいることに間違いない。

 敵の集団に近づき対面すると、そこには精鋭部隊と思われる兵士達と、敵のボスと思われる大男がいた。

 近くにいる兵士達は両手に鉄製の鉤爪を装着している。狙撃兵の姿は見当たらないが、2人が遠くから狙撃された以上、どこかに隠れているのは間違いない。

 ボスの男は、右手に機械仕掛けの剣を持ち、腰には無数の手榴弾を身に着けており、そして身長2メートルを超えるハンニバルすらも凌ぐ大柄な体格を持つ、あご髭を生やした中年の男だ。

 男は落ち着いた物腰だが、その奥からは見る者を圧倒する殺気と威圧感が伝わってくる。


(こいつがウェアウルフ隊のボスか? この殺気……今までの敵とは比べ物にならないな)

(なんだと……!? 昨日戦った奴らも俺に近いデカさだったが、俺よりデカい人間なんて初めて見たぞ!? 俺……いや、俺達はこいつに勝てるのか……?)


 マティアスとハンニバルはその圧倒的な威圧感を持つ男を目の前にして、思わず身震いする。


「ウルリッヒ隊長、オズワルド博士は既にやられてしまったようです。雇い主を殺されてしまっては、これ以上戦う意味は無いかと……」


 部下の兵士がウルリッヒと呼ぶボスの男に声を掛けた。雇い主を殺されたら戦う意味が無い、この言葉を聞いたマティアスはかつての傭兵時代の頃の自分を思い出す。


(報酬をもらえないなら戦う意味は無いもんな。このまま戦わずに立ち去ってくれると良いんだが……)


 マティアスはほんの少しだけ敵が引き下がってくれることを期待していたが、ウルリッヒは厳しい表情で部下の兵士に言葉を発する。


「戦う意味が無いだと? こいつらに俺の仲間達を殺されたことに変わりは無い! ……それで、貴様らの名前は何と言う? ここまで辿り着いたご褒美に名前くらいは憶えておいてやろう」


 ウルリッヒは2人に名前を尋ねた。2人は「まずはそっちが名乗れ」と言いたくなったが、圧倒的な強敵と思われる男を目の前に弱腰になってしまったマティアスとハンニバルは、それぞれ自分の名前を丁寧に答えた。


「マティアス・マッカーサーとハンニバル・クルーガーか。俺はウェアウルフ隊の隊長を務めるウルリッヒ・ヴォルフルム様だ。貴様らが俺の優秀な部下達に勝ったことは褒めてやる。だが、俺達ウェアウルフ隊に喧嘩を売った以上、生きては帰さぬぞ!」


 ウルリッヒは自己紹介を終えると戦闘体勢に入り、部下達に攻撃の指示を出した。周りの兵士達は一斉に2人に襲い掛かって来る。

 ボスのウルリッヒは大柄で屈強な肉体を持っているわりには2人に近づこうとはせず、腰のベルトから鉄の球体のようなものを複数取り出し、それを地面に転がしている。

 すると、その球体は変形・展開し、小型の歩行ロボットになった。小型ロボット達は2人にゆっくり近づいてくる。


「なんだ、あのチンケなロボは? マティアス、あのデカい男はこっちに寄ってくる気配は無いから、まずは雑魚どもを片付けるぞ」

「あぁ、私は隠れている狙撃兵を狙い撃つから、お前は目の前にいる鉤爪集団を頼む」


 こうしている間にも2人は遠くの敵に狙撃され、ダメージを受けていた。

 マティアスは遠方から発射されてきた銃弾の位置を見極めつつ、狙撃兵が隠れていると思われる場所に向けてライフル銃を連射する。

 一方ハンニバルは自分とマティアスに近づいてきた鉤爪の兵士達を片っ端から殴っていく。

 敵の動きが素早くなかなか攻撃を当てられなかったが、ハンニバルはあえて敵の鉤爪攻撃を受け、敵の攻撃中に隙が出来たところを捕まえてひねり潰していった。

 ハンニバルが敵を蹴散らしていると、ウルリッヒが設置した小型ロボがハンニバルに接近し、軽く突進した後に自爆した。

 ロボは小さいながらも爆発の威力は高く、ハンニバルはふっ飛ばされてしまう。


「いってぇ……。近づいて自爆してくるロボ相手には、遠距離攻撃で破壊するしか無ぇな」


 ハンニバルは起き上がり、残りの近づいてくるロボを砲撃で一掃しつつ、引き続き鉤爪の兵士達と戦った。

 マティアスも狙撃兵を狙いつつ、近づいてきた敵には銃剣付きライフル銃で突き刺したり斬りつけたりして倒していく。

 鉤爪の兵士達の攻撃のリーチは長く、マティアスは敵に何度も体を斬りつけられて血を流している。

 さすがはウェアウルフ隊の中でも特に精鋭の部隊、取り巻きの兵士達もなかなかの強さだった。

 しばらくして2人は激戦の末、ようやく取り巻きの兵士達を全滅させた。

 まだボスのウルリッヒが残っているというのに、2人は結構なダメージを受けてしまっている。

 ハンニバルは改造人間としての再生力があるからまだしも、マティアスにとっては傷の手当てをするチャンス欲しいところだ。

 しかし、そんな2人に回復する隙も与えられず、いつのまにか2つのドローンが2人の頭上に近づき、電流レーザーを放ってきた。


「ぐっ……いつのまにこんなものを飛ばしやがって! 見かけに寄らず小賢しいことしてくる野郎だぜ!」

「ハンニバル、奴はメカニックだ。奴に時間を与えたら、次から次へとロボを呼び出されてしまうぞ!」


 2人は痺れている体をなんとか動かしつつ、自分にレーザーを放っているドローンをそれぞれ銃撃と砲撃で破壊する。

 遠くにいるウルリッヒが右手に持つ機械式の剣を使ってドローンを操っていたようだ。

 しかもウルリッヒは2人が兵士達と戦っている間に、いくつもの小型戦闘ロボを設置していた。その中には銃を持った飛行体のロボも数体浮遊している。

 2人はこれ以上ウルリッヒにロボを作らせまいと突撃する。地上にいる小型ロボはハンニバルが砲撃で蹴散らしていく。

 さらにウルリッヒと距離を詰めていくと、飛行ロボたちが浮遊しながら2人に銃撃してきた。


「ハンニバル、こいつらは私が始末するから、お前は奴を追ってくれ」

「おう、そっちは任せたぜ!」


 ハンニバルは飛行ロボの処理をマティアスに任せ、自分はウルリッヒに向かって突撃する。

 飛行ロボは素早く浮遊しながら銃撃してくるので、ここはハンニバルよりも小回りとスピードに優れたマティアスが対処した。

 マティアスは素早い飛行ロボ相手に苦戦しつつも、ライフル銃で飛行ロボを次々と撃ち抜いていく。

 ハンニバルがウルリッヒとの距離を縮めると、両手をポキポキ鳴らしながら敵を誘い出した。


「よお、デカいウェアウルフのオヤジ。ロボばっか作ってねーで、俺と殴り合いで勝負しようぜ!」

「ほぅ、俺と殴り合いとは良い度胸だ、小僧。元々1だ! その意味をとくと味わうが良い!」


 ウルリッヒは手に持っていた機械式の剣を腰にしまい、近接戦闘の体勢に入る。

 そして、今までの落ち着いた態度が一変し、両手を広げて雄叫びを上げ、それと同時にウルリッヒの目が赤く光る。

 野獣のそれをも凌ぐ闘争本能と鋭い眼光を剥き出しにしたその姿は、まさに人狼ウェアウルフと呼べるものだった。

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